
被殻出血は、脳出血の中でも最も頻度が高く、高血圧との関連が非常に深い疾患です。脳の深部にある被殻という部位で出血が起こり、片麻痺、感覚障害、失語症など、患者さんの生活に大きな影響を及ぼす後遺症を残す可能性があります。この記事では、被殻出血の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説します。
被殻出血とは
脳は、大脳、小脳、脳幹に大きく分けられます。大脳の深い部分には、運動機能や認知機能に関わる様々な神経核の集まりがあり、これらを総称して大脳基底核と呼ぶ。被殻は、この大脳基底核の一部であり、淡蒼球とともにレンズ核を構成している。被殻は、主に随意運動の調節に関与しており、体の動きを円滑にしたり、抑制したり、促進したりする複雑なネットワークの一部を担っている。
被殻出血の最大の原因は、高血圧である。長期間にわたる高血圧は、脳内の細い血管(穿通枝)に持続的な負荷をかけ、血管壁を硬く、脆くしていく(細小血管硬化)。このような状態の血管が、急激な血圧上昇などの刺激によって破綻し、出血を起こすのが被殻出血の病態である。
- 出血部位: 被殻に供給されるレンズ核線条体動脈という細い血管が破綻することがほとんどである。
- 出血の広がり: 出血が起こると、血液が周囲の脳組織を圧迫・破壊しながら広がり、血腫(血の塊)を形成する。この血腫によって、被殻そのものの機能が障害されるだけでなく、周囲の重要な神経線維(内包)や脳室も圧迫され、様々な症状が出現してくる。
- 脳浮腫: 出血後、脳組織は炎症反応を起こし、浮腫が生じる。この脳浮腫も脳組織を圧迫し、症状の悪化や脳圧亢進の原因となる。
- 脳ヘルニア: 血腫や脳浮腫が進行し、頭蓋骨内の圧力が許容範囲を超えると、脳が狭い隙間を通って別の区画へ移動する脳ヘルニアを引き起こすことがあり、これは生命に直結する非常に危険な状態である。
被殻出血による症状
運動麻痺
片麻痺
被殻出血で最も頻繁に見られ、体の片側の手足に麻痺が出現する。被殻は左右に存在し、それぞれ反対側の体の運動を司っているため、一般的に出血した脳とは反対側の手足に麻痺が生じる。
麻痺の程度は、軽度であれば、手足の動きが少しぎこちない、力が入りにくい程度だが、重度になると、手足が全く動かせない完全麻痺(不全麻痺)となることもある。また、出血が進行したり、血腫による脳浮腫が強くなったりすると、時間とともに麻痺が進行することがある。
共同偏視
眼球の動きに関わる特徴的な症状で、左右の眼球が、自らの意思に反して血腫のある側(病巣側)へ偏って向いてしまう状態である。これは、眼球の運動を司る神経経路が被殻の周囲にあるため、出血によってこの経路が刺激されたり、圧迫されたりすることで生じる。
意識障害
出血量が多く、脳幹が圧迫されたり、脳ヘルニアを起こしたりすると、意識レベルが低下していく。
症状の程度
軽度: 傾眠(呼びかけや軽い刺激で目が覚めるが、放っておくとまた眠ってしまう)
中等度: 昏迷(強い痛み刺激を与えないと目が覚めない)
重度: 昏睡(いかなる強い刺激にも反応せず、覚醒しない)
メカニズム
直接的な脳組織の損傷: 血腫が脳組織を破壊することで、意識に関わる部位に影響が出る
頭蓋内圧亢進: 血腫や脳浮腫によって頭蓋内の圧力が異常に上昇し、脳全体が圧迫されることで、意識レベルが低下する
脳幹の圧迫: 特に脳幹(意識の維持に重要な部分)が圧迫されると、重度の意識障害を引き起こす
感覚障害
運動麻痺と同じく、麻痺のある側の体に感覚の異常が出現する。内包には、感覚を司る神経経路も走行しているため、出血によってこの経路が障害されることで生じる。症状として、しびれ、感覚鈍麻などが挙げられる。
その他
- 構音障害
言葉を発する際に使う筋肉をコントロールする神経経路が障害されるため、不明瞭な話し方や発声の困難さが現れる。 - 嚥下障害
嚥下に関わる筋肉の麻痺や協調運動障害、嚥下反射の低下により、食べ物や飲み物がうまく飲み込めなくなる。飲食物や唾液などが気管に入ってしまう誤嚥を起こしやすくなり、誤嚥性肺炎という合併症を引き起こすリスクが高くなる。 - 吐き気・嘔吐・頭痛
脳の嘔吐中枢が刺激されたり、頭蓋内圧亢進が原因で生じる。
看護のポイント
急性期の看護
- 全身状態の綿密な観察
- 意識レベル: JCSやGCSを用いて、経時的に意識レベルを評価する。特に意識レベルの低下は、脳圧亢進や脳ヘルニアの兆候である可能性があるため、意識レベルに変化がみられる場合はすぐに医師に報告する。
- バイタルサイン: 血圧、脈拍、呼吸、体温を頻回に測定し、異常値の早期発見に努める。特に血圧変動は再出血や脳浮腫の悪化に直結するため、厳重に管理していく。
- 瞳孔所見: 左右差、大きさ、対光反射を観察する。瞳孔不同は脳ヘルニアの重要な兆候である。
- 運動麻痺: 麻痺の程度、共同偏視の有無、四肢の動きを注意深く観察する。麻痺の進行は脳圧亢進を示唆するため、注意が必要。
- 頭痛、吐き気、嘔吐の有無: 頭蓋内圧亢進による症状である可能性があるため、注意して観察する。
- 頭蓋内圧亢進の予防と管理
- 頭部挙上: ベッドの頭部を30度程度挙上し、頸部を締め付けないようにすることで、頭蓋内圧の上昇を抑える。
- 体位変換: 適切な体位変換を行い、静脈還流を妨げないようにする。
- 刺激の制限: 痛み、騒音、光などの刺激は血圧上昇や頭蓋内圧亢進を招くため、静かで落ち着いた環境を保つ。
- 呼吸管理: 気道確保、適切な酸素投与、人工呼吸器管理が必要な場合は、換気量の調整(過換気は脳血管を収縮させる効果があるが、慎重に実施)に努める。
- 合併症の予防
- 誤嚥性肺炎予防: 意識障害がある場合や嚥下障害がある場合は、絶飲食とし、口腔ケアを頻回に行う。体位ドレナージや喀痰吸引も必要に応じて実施する。
- DVT/PE予防: 早期からの関節可動域訓練、弾性ストッキングの着用、間欠的空気圧迫装置の使用などを医師の指示のもと行っていく。
- 褥瘡予防: 体圧分散寝具の使用、2時間ごとの体位変換、皮膚の観察と保湿ケアを徹底する。
- けいれん予防: けいれん発作の誘因となる刺激を避け、医師の指示による抗てんかん薬の投与を管理する。
- 排泄ケア
意識障害や麻痺により自己排泄が困難な場合が多いため、導尿や膀胱留置カテーテル管理、便失禁に対するケアなど、清潔と皮膚保護に配慮した排泄ケアを行っていく。
回復期の看護
- リハビリテーションの促進
- 早期離床: 医師や理学療法士、作業療法士、言語聴覚士と連携し、全身状態が安定次第、早期からのリハビリテーションを促していく。関節可動域訓練、座位訓練、起立訓練、歩行訓練などを段階的に進める。
- ADLの拡大: 食事、着替え、排泄、整容、入浴などのADL訓練を支援する。患者の残存機能に応じた自助具の活用なども検討する。
- 嚥下機能訓練: 嚥下障害がある場合は、言語聴覚士と連携し、適切な食形態の選択、嚥下訓練の実施、口腔ケアの徹底を行う。また、誤嚥の兆候に注意し、日々の観察を続ける。
- 構音訓練: 構音障害がある場合は、言語聴覚士と連携し、コミュニケーションを円滑に図るための工夫(筆談、ジェスチャーなど)を支援する。
- 合併症の継続的な予防
- 肺炎、DVT/PE、褥瘡、尿路感染症などの合併症のリスクは依然として高いため、継続的な観察と予防策を実施する。
- セルフケア能力の向上支援
- 患者が主体的にリハビリテーションに取り組めるよう、目標設定を支援し、達成感を促す。
- 患者や家族に、麻痺や高次脳機能障害による症状の特性を理解してもらい、対応方法を一緒に考える。
- 精神的サポート
- 突然の発症による身体の変化、機能障害、社会復帰への不安など、患者や家族が抱える精神的負担は大きい。そのため、傾聴や共感的な態度で接し、必要に応じて精神科医や臨床心理士との連携を行う。
- リハビリテーションによる疲労や意欲の低下にも配慮し、休憩を促したり、成功体験を積めるよう働きかける。
退院支援と社会復帰に向けた看護
- 生活環境の調整
退院後の生活を見据え、自宅環境の評価(段差、手すりの有無、トイレ・浴室の状況など)を行い、必要に応じて住宅改修の提案や福祉用具の導入を検討する。 - 社会資源の活用
介護保険制度、身体障害者手帳の申請、訪問看護、デイケア、通所リハビリテーションなど、利用可能な社会資源に関する情報を提供し、サービス導入を検討する。 - 家族への指導・サポート
家族が患者のケアを担う上で必要な知識や技術(体位変換、移乗方法、服薬管理、食事介助など)を指導する。介護負担の軽減や、家族が抱える不安や葛藤への精神的サポートも重要となる。 - 再発予防の指導
高血圧が原因であることが多いため、退院後も継続的な血圧管理の重要性を指導する。生活習慣の改善(減塩食、適度な運動、禁煙、節酒)、服薬遵守の重要性を強調し、定期的な外来受診の継続を促す。



