
感覚障害は、患者さんのQOLに大きな影響を与えるだけでなく、転倒や熱傷などの二次的な合併症を引き起こすリスクも高めます。看護師は、感覚障害を持つ患者さんの状態を正確にアセスメントし、安全な療養環境を整え、適切なケアを提供することが求められます。この記事では、感覚障害の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説します。
目次
感覚障害とは
感覚は、皮膚や粘膜などにある受容器が刺激を受け、その情報が末梢神経、脊髄、脳幹、視床を経て、大脳皮質の感覚野に伝わることで認識されますが、この一連の経路のどこかに障害が生じることで、感覚障害が引き起こされます。
感覚の伝導路
- 受容器: 皮膚などにあるセンサーが、触圧覚、痛覚、温度覚などの刺激をキャッチする。
- 末梢神経: 受容器からの電気信号を脊髄に伝える。
- 脊髄: 入力された感覚情報を種類ごとに異なる経路で脳へ伝達する。
- 後索路: 触圧覚や深部感覚(位置覚、振動覚)を伝える。
- 脊髄視床路: 痛覚や温度覚を伝える。
- 脳幹・視床: 脊髄から送られてきた情報を中継し、大脳皮質へ送る。
- 大脳皮質(感覚野): 情報が最終的に処理され、「熱い」「痛い」「触られている」といった感覚として認識される。
この経路のいずれかが損傷を受けると、感覚情報が正しく伝わらなくなり、感覚の低下(感覚鈍麻)、消失(感覚脱失)、あるいは異常な感覚(しびれ感、ピリピリ感など)が生じます。
感覚障害の原因
分類 | 具体的な疾患・原因 |
---|---|
脳血管障害 | 脳梗塞、脳出血、くも膜下出血など。脳の感覚中枢や伝導路が障害されることで発症します。 |
脳腫瘍 | 腫瘍が感覚神経や感覚野を圧迫・破壊することで発症します。 |
脊髄疾患 | 脊髄損傷、脊髄腫瘍、椎間板ヘルニア、後縦靱帯骨化症、脊髄炎など。脊髄レベルでの伝導路が障害されます。 |
末梢神経障害 | 糖尿病性神経障害、手根管症候群、ギラン・バレー症候群、薬剤の副作用、ビタミン欠乏症など。 |
その他 | 多発性硬化症などの脱髄疾患、帯状疱疹後神経痛など。 |
感覚障害の症状
陰性症状(感覚の低下・消失)
これは、本来あるべき感覚が鈍くなったり、完全になくなったりする状態です。神経からの信号が弱まっているか、途絶えていることを示します。
- 触覚鈍麻・脱失
- 症状
- 「皮膚に一枚膜が張ったような感じがする」
- 「手袋や靴下を履いているような感覚が常にある(手袋靴下型感覚障害)」
- 「足の裏に砂利や紙が貼り付いているように感じる」
- 触られているのはわかるが、それが何で触られているか(指なのか、ペンなのかなど)の区別がつかない(識別覚障害)。
- 危険性
傷や圧迫に気づきにくいため、知らぬ間に怪我をしたり、褥瘡(床ずれ)ができたりするリスクが高まります。
- 症状
- 痛覚鈍麻・脱失
- 症状
- 画鋲などを踏んでも、鋭い痛みとして感じず、何かを踏んだ程度の感覚しかない。
- 怪我をしても痛みを感じないため、発見が遅れる。
- 危険性
身体の危険信号である「痛み」を感じないため、怪我や火傷、炎症などに気づかず、重症化させてしまうことがあります。
- 症状
- 温度覚鈍麻・脱失
- 症状
- 「お風呂のお湯が熱いのかぬるいのか、よくわからない」
- 熱いやかんに触れても、すぐに熱いと感じない。
- 冷たいものに触れても、冷たさを感じにくい。
- 危険性
熱湯や暖房器具などによる火傷(熱傷)や、カイロなどによる低温熱傷、あるいは寒冷地での凍傷のリスクが極めて高くなります。
- 症状
- 深部感覚障害
- 症状
- 位置覚障害: 目を閉じると、自分の手や足がどの位置にあるのか、どんな形になっているのかがわからなくなる。
- 振動覚障害: 音叉などを骨の上に当てても、その振動を感じない、または感じにくい。
- 日常生活への影響
- 歩行が不安定になる(目を閉じると立てない、歩けない)。これを感覚性運動失調と呼びます。
- 細かい手の動きがぎこちなくなる(ボタンがかけられない、字が書きにくい、箸がうまく使えない)。
- 症状
陽性症状(異常感覚・痛み)
これは、本来ないはずの異常な感覚が出現する状態です。神経が過敏になったり、誤った信号を発したりすることで生じます。
- 異常感覚(パレステジア)
- 症状: 外からの刺激がないのに、以下のような感覚が自発的に生じます。
- ジンジン、ビリビリ、チクチクする感じ: 正座の後に足がしびれる感覚に似ていますが、それが持続します。
- ピリピリ、ヒリヒリ: 皮膚の表面が常に軽く焼けているような感覚。
- 虫が這うような感じ(蟻走感)
- 症状: 外からの刺激がないのに、以下のような感覚が自発的に生じます。
- アロディニア
- 症状: 通常では痛みとして感じないような、ごく軽い刺激を激しい痛みとして感じてしまう状態です。
- 「衣服が肌に触れるだけで、ヤスリでこすられるように痛い」
- 「風が当たっただけで、焼けるように痛い」
- 「シーツが足に触れるのが耐えられない」
- 症状: 通常では痛みとして感じないような、ごく軽い刺激を激しい痛みとして感じてしまう状態です。
- 神経障害性疼痛
- 症状: 神経そのものが傷つくことによって生じる、持続的で激しい痛みです。
- 表現: 「電気が走るような」「焼けるような」「締め付けられるような」と表現されることが多いです。
- 特徴: 鎮痛薬(NSAIDsなど)が効きにくいことがあります。
- 症状: 神経そのものが傷つくことによって生じる、持続的で激しい痛みです。
これらの症状は、単独で現れることもあれば、複数が混在することもあります。例えば、「足の感覚は鈍いのに、ジンジンするしびれと焼けるような痛みが常にある」というように、陰性症状と陽性症状が同時に存在するケースも少なくありません。
治療・対症療法
感覚障害の治療は、原因疾患の治療が基本となります。
- 原因疾患の治療
脳梗塞であれば血栓溶解療法や抗血小板薬、脳腫瘍や椎間板ヘルニアであれば手術による圧迫の除去など、根本的な原因を取り除く治療を行います。 - 薬物療法
- 神経障害性疼痛に対して: プレガバリン、ミロガバリン、デュロキセチンなどの鎮痛補助薬が用いられます。
- ビタミン欠乏に対して: ビタミンB群の補充などが行われます。
- リハビリテーション
- 理学療法: 筋力低下や関節拘縮の予防、バランス訓練による転倒予防。
- 作業療法: 日常生活動作(ADL)の訓練(例:ボタンかけ、箸の使用)、自助具の活用。
- 対症療法
- 温熱療法・寒冷療法: 痛みの緩和。
- 神経ブロック: 局所麻酔薬を用いて痛みの伝達を遮断する。
看護のポイント
1. 安全確保と合併症予防
- 熱傷・凍傷の予防
- 湯たんぽやカイロの使用は原則禁止とし、使用する場合は温度や時間を厳密に管理し、直接皮膚に当たらないようタオルで厚く包む。
- 入浴時は、患者本人に任せず、必ず看護師か家族が湯の温度を確認する(38〜41℃程度)。
- 外傷・褥瘡の予防
- 足元の障害物を取り除き、療養環境を整備する。
- 履き慣れた、滑りにくい靴の使用を促す。
- 皮膚を常に観察し、発赤や傷がないかを確認する。特に、褥瘡の好発部位(仙骨部、踵部など)は注意深く観察する。
- 爪を短く切り、皮膚を傷つけないようにする。
- 転倒・転落の予防
- 深部感覚障害がある場合、歩行が不安定になりやすい。歩行時は付き添うか、杖や歩行器の使用を検討する。
- 夜間は足元灯をつけ、ポータブルトイレをベッドサイドに置くなどの環境調整を行う。
2. ADLの維持・向上に向けた援助
- セルフケアの支援
- 食事:食べこぼしをしても良いようにエプロンを使用したり、握りやすいスプーンやフォークを用意する。
- 更衣:ボタンの代わりにマジックテープの衣類を提案するなど、着脱しやすい衣服を選ぶ。
- 作業療法士と連携し、自助具の活用を検討する。
- 代償的感覚の活用
- 視覚:足元を確認しながら歩く、目で見て物の位置を確認するなど、視覚で他の感覚を補うように指導する。
- 聴覚:調理中にタイマーを使うなど、音で情報を得る工夫を促す。
3. 精神的ケア
- 共感的な態度
しびれや痛みは他者から見えにくく、患者は辛さを理解してもらえない孤独感を抱きやすい。「痛い」「しびれる」といった患者の訴えを傾聴し、その苦痛に共感する姿勢が重要となる。 - 正確な情報提供
症状の原因や今後の見通しについて、医師の説明を補足し、患者が自身の状態を正しく理解できるよう支援する。 - セルフコントロールの促進
痛みやしびれをコントロールするための工夫(リラクゼーション、気晴らしなど)を患者と一緒に考え、自己効力感を高められるように支援する。