
視床出血は、高血圧が原因で起こることが多く、感覚障害や意識障害など多彩な症状を引き起こします。この記事では、全脳出血の約30%を占めている「視床出血」について、病態生理から看護のポイントまで詳しく説明していきます。
視床出血とは
視床は、脳の深部に位置する重要な部位で、感覚情報の中継、運動機能の調整、意識レベルの維持など、多岐にわたる役割を担っていおり、視床出血は、この視床内部で血管が破綻し血液が貯留することで発生する脳出血の一種である。
視床は、主に脳を栄養する細い血管(穿通枝)によって血流が供給されている。これらの血管は、高血圧によって慢性的に負担がかかりやすく、動脈硬化が進むと血管壁がもろくなり、破綻しやすくなる。
- 高血圧と動脈硬化: 長期間にわたる高血圧は、視床の細い血管に持続的な圧力をかけ、血管壁の構造を変化させる。これが動脈硬化を促進し、血管が硬くもろくなる。
- 血管の破綻: もろくなった血管は、血圧の急激な上昇(ストレス、興奮、排便時のいきみなど)によって破綻しやすくなる。
- 血腫の形成: 破綻した血管から流れ出た血液は、視床組織内に血腫を形成する。
- 脳組織への圧迫と損傷: 形成された血腫は、周囲の脳組織を圧迫し、直接的な損傷を引き起こす。視床は様々な神経核が集まっているため、出血の部位や大きさによって、広範囲な神経機能障害が生じる可能性がある。
- 脳浮腫の併発: 出血後、脳組織の炎症反応により、周囲に脳浮腫を併発することがあり、脳浮腫は、さらに脳圧を上昇させ、症状の悪化につながっていく。
- 脳室穿破: 血腫が大きくなると、隣接する脳室に血液が流れ込み、「脳室穿破」を起こすことがある。脳室内に血液が流入すると、水頭症を引き起こす可能性があり、意識障害の悪化や生命予後に関わる重篤な合併症となる。
視床出血による症状
運動障害
視床から脳幹を経て脊髄に至る運動神経路(皮質脊髄路など)が視床の近くを通っているため、視床出血によって運動麻痺が出現する。
片麻痺
出血側の脳の反対側(対側)(腕、脚、顔面など)に麻痺が出現する。麻痺の程度は、軽度の脱力感から、完全に動かせない完全麻痺まで様々である。急性期には弛緩性麻痺(筋肉の張りがなく、だらんとする)を示すことが多いが、回復期には痙性麻痺(筋肉の張りが強くなり、つっぱる)に移行することがある。
特に、出血が内包にまで及ぶと、より重篤な片麻痺を引き起こす可能性が高まる。
構音障害
発声や発音に必要な舌、唇、咽頭などの筋肉の動きが悪くなることで、言葉が不明瞭になる症状で、呂律が回らない、言葉がもつれるように聞こえるのが特徴。
視床からの神経連絡や、脳幹への影響によって引き起こされることがある。
嚥下障害
食べ物や飲み物をスムーズに飲み込めなくなる症状で、食物が気管に入ってしまう(誤嚥)リスクが高まり、肺炎(誤嚥性肺炎)の原因となることがある。
視床からの神経連絡や、脳幹への影響、意識障害などが原因となる。
意識障害
視床は意識の覚醒や維持に深く関与しており、視床出血は様々な程度の意識障害を引き起こす可能性がある。出血量や、出血が脳幹や脳室に波及するかどうかが意識障害の程度に大きく影響する。
傾眠
刺激を与えると一時的に覚醒するものの、刺激がなくなるとすぐに眠ってしまう状態で、反応は遅く、ぼんやりとしていることが多い。
昏迷
強い刺激(痛み刺激など)を与えないと覚醒しない状態で、刺激に対する反応も不十分で、簡単な指示に従うのが難しいこともある。
昏睡
あらゆる刺激に反応せず、覚醒しない最も重度の意識障害で、自発的な動きがほとんど見られず、生命維持に重要な反射(瞳孔反射など)も消失することがある。
感覚障害
視床は、全身からの感覚情報(触覚、痛覚、温冷覚、位置覚など)が脳の感覚野に送られる前に中継される重要な部位であるため、視床出血は対側の体に様々な感覚障害を引き起こす。
感覚鈍麻/感覚消失
出血側の脳の反対側の体に、触れたり、痛みを感じたりする感覚が鈍くなったり、全く感じなくなったりする症状で、しびれ感として自覚されることもある。
視床痛
視床出血に特徴的で、かつ非常に治療が難しいとされる痛みである。
出血側の脳の反対側の体に、自発的な、灼けるような、あるいは締め付けられるような激しい痛みが持続し、通常の鎮痛剤が効きにくいことが多く、軽い刺激(服が触れる、風が当たるなど)でも耐えがたい痛みに感じられる異痛症を伴うこともあり、患者のQOLを著しく低下させる。
異常感覚
電気の走るような感覚、ピリピリする感覚、ムズムズする感覚など、実際には刺激がないのに異常な感覚が生じること。
その他
視床は、眼球運動、自律神経機能、高次脳機能などにも関与しているため、上記以外にも様々な症状が出現する可能性がある。
眼球運動障害
共同偏視: 両眼が特定の方向に偏ってしまう症状。視床出血では、出血側の脳の反対側(麻痺側)を向く共同偏視がみられることがある。
上方注視麻痺: 上方への眼球の動きが制限される症状。
瞳孔異常: 瞳孔の大きさの左右差(瞳孔不同)や、瞳孔が小さくなる縮瞳がみられることがあり、これは、視床から脳幹への神経連絡や、出血が脳幹に及ぶ場合に生じやすい。
高次脳機能障害
記憶障害: 新しい情報を覚えられない、古い情報を思い出せないなど。
注意障害: 集中力が続かない、複数のことを同時に処理できないなど。
感情の不安定さ: 感情の起伏が激しくなる、怒りっぽくなる、涙もろくなるなど。
無気力・アパシー: 意欲が低下し、何事にも興味を示さなくなる状態。
せん妄: 意識が混濁し、幻覚や妄想を伴う精神運動興奮状態になることがあり、特に、高齢者や術後、感染症を合併した場合にリスクが高まる。
自律神経症状
視床は自律神経機能にも関与しているため、出血によって発汗異常(片側性発汗など)、体温調節障害、血圧変動などの症状が出現することもある。
頭痛・嘔気・嘔吐
出血によって脳圧が上昇することで、頭痛、吐き気、嘔吐といった症状が出現する。これは、脳圧亢進症状の典型的な兆候である。
看護のポイント
急性期の看護
急性期の最大の目標は、救命と再出血の予防、そして脳浮腫のコントロールである。
- 意識レベルの観察と評価
- JCSやGCSを用いて、意識レベルを定期的に評価し、変化の有無を早期に発見する。
- 瞳孔径、対光反射、眼球運動なども同時に観察し、脳圧亢進症状の有無をチェックする。
- 意識レベルの変化は、出血の拡大や脳室穿破、脳浮腫の悪化を示唆するため、医師への迅速な報告が不可欠。
- バイタルサインの管理
- 血圧、脈拍、呼吸数、体温を頻回に測定し、異常の早期発見に努める。特に、血圧管理は再出血や血腫拡大の予防に極めて重要であり、医師の指示に基づき、適切な降圧薬の投与と血圧のコントロールを行っていく。
- 発熱は脳代謝を亢進させ、脳へのダメージを増悪させるため、体温管理も重要となる。
- 呼吸状態の管理
- 意識障害がある場合は、気道閉塞や誤嚥のリスクが高まる。SpO2をモニタリングし、必要に応じて酸素投与や気道確保(口腔内吸引、気管挿管など)を行っていく。
- 呼吸パターン(チェーンストークス呼吸など)の変化にも注意する。
- 脳圧亢進症状の観察
- 頭痛の有無、嘔気・嘔吐、徐脈、血圧上昇(クッシング現象)、意識レベルの低下、瞳孔異常(散瞳、対光反射の消失)など、脳圧亢進症状を注意深く観察する。
- 頭痛の有無、嘔気・嘔吐、徐脈、血圧上昇(クッシング現象)、意識レベルの低下、瞳孔異常(散瞳、対光反射の消失)など、脳圧亢進症状を注意深く観察する。
- 出血の拡大と合併症の予防
- 安静を保ち、血圧の急激な変動を避けるようにする。
- 医師の指示に基づき、出血の拡大を抑制するための薬物療法(止血剤など)の効果を観察する。
- 深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症(PE)の予防として、弾性ストッキングの着用や早期離床(医師の指示のもと)を促す。
- 胃潰瘍や消化管出血の予防のため、H2ブロッカーやプロトンポンプ阻害剤が投与されることがある。
- 排泄の管理
- 意識障害や運動麻痺がある場合、排尿・排便の管理が困難になるため、必要に応じて導尿や尿道カテーテルの留置、便秘の予防を行っていく。
- 意識障害や運動麻痺がある場合、排尿・排便の管理が困難になるため、必要に応じて導尿や尿道カテーテルの留置、便秘の予防を行っていく。
- 清潔ケアと体位変換
- 意識障害がある患者には、口腔ケア、清拭、陰部洗浄など、清潔ケアを徹底する。
- 褥瘡予防のため、2時間ごとの体位変換、除圧器具の使用、皮膚の観察を行っていく。
回復期の看護
急性期を乗り越えた後は、残存した機能障害を改善し、日常生活動作の再獲得を目指すリハビリテーションが中心となる。
- リハビリテーションの支援
- 早期から、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士と連携し、ADLの改善に向けたリハビリテーションを積極的に支援する。
- 患者の状態や意欲に応じた目標設定を行い、小さな成功体験を積み重ねられるように励ます。
- 麻痺側へのアプローチ、関節可動域訓練、感覚刺激、嚥下訓練、構音訓練などを促す。
- 嚥下機能の評価と食事介助
- 言語聴覚士による嚥下機能評価に基づき、適切な食事形態(とろみ食、刻み食など)を選択する。
- 食事介助時は、誤嚥のリスクを最小限にするため、姿勢の調整、一口量の調整、嚥下確認などを丁寧に行う。
- 口腔内トラブルや誤嚥性肺炎の予防のため、口腔ケアの徹底も重要となる。
- コミュニケーションの支援
- 失語症や構音障害がある場合は、患者のコミュニケーション方法(筆談、ジェスチャー、絵カードなど)を見つけ、根気強く関わっていく。
- YES/NOで答えられる質問をする、ゆっくりと話すなど、患者が理解しやすいように工夫する。
- 精神的ケアと家族支援
- 脳出血後の高次脳機能障害や麻痺によって、患者は精神的な落ち込み、不安、苛立ちを感じることがある。共感的な態度で接し、傾聴することで精神的な支えとなる。
- 家族に対しても、病状や予後について説明し、不安や疑問の解消に努め、介護負担の軽減や社会資源の活用についても情報提供を行っていく。
- 再発予防の指導
- 退院後も、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの基礎疾患の管理が重要であることを指導する。
- 生活習慣の改善(禁煙、節酒、バランスの取れた食事、適度な運動)の重要性を説明し、患者と家族が協力して取り組めるように支援する。
- 内服薬の管理(降圧薬、抗血小板薬など)の重要性も再確認し、必要な場合、薬剤師の介入を行い内服支援を行っていく。