易感染性について

あずかん

易感染性とは、通常であれば問題にならないような弱い病原体(弱毒微生物や非病原性微生物)に対しても、感染症を発症しやすい状態のことを指します。臨床現場では、易感染状態にある患者さん(易感染性宿主、コンプロマイズド・ホスト)に接する機会が非常に多いです。
この記事では、易感染性の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説していきます。

目次

易感染性とは

私たちの体には、病原体の侵入から身を守るための「生体防御機構」が備わっています。この機構は、物理的なバリア(皮膚や粘膜)と免疫システム(自然免疫と獲得免疫)から成り立っています。易感染性とは、この生体防御機構のいずれか、あるいは複数が破綻することによって引き起こされます。

  • 物理的バリアの破綻
    • 皮膚・粘膜の損傷: 手術による切開、カテーテルの挿入、外傷、熱傷、褥瘡などは、病原体の侵入経路となる。
    • 粘膜機能の低下: 唾液や気道線毛などによる自浄作用が低下すると、病原体が定着しやすくなる。
  • 免疫システムの機能不全
    • 好中球の減少・機能低下: 好中球は、体内に侵入した細菌を貪食・殺菌する重要な役割を担っている。抗がん剤治療などにより好中球が減少すると、細菌感染症のリスクが著しく高まる。
    • 液性免疫の異常: Bリンパ球や形質細胞が産生する抗体(免疫グロブリン)は、細菌やウイルスを中和する。多発性骨髄腫などで抗体の産生が低下すると、肺炎球菌などの莢膜を持つ細菌に対する抵抗力が弱まる。
    • 細胞性免疫の異常: Tリンパ球(特にヘルパーT細胞)は、免疫システム全体の司令塔であり、ウイルス感染細胞や真菌を排除する中心的な役割を担っている。後天性免疫不全症候群(AIDS)や免疫抑制薬の使用によりTリンパ球が減少・機能低下すると、日和見感染症のリスクが急激に高まる。

易感染性の分類

易感染性は、その原因によって大きく2つに分類されます。

  • 原発性(先天性)免疫不全症
    • 生まれつき免疫システムのいずれかの部分に欠陥がある状態です。特定の感染症を繰り返すことが特徴で、多くの場合は小児期に診断されます。例えば、伴性無ガンマグロブリン血症(液性免疫不全)や重症複合免疫不全症(SCID、細胞性・液性免疫不全)などがあります。
  • 続発性(後天性)免疫不全症
    • 出生時には正常だった免疫機能が、何らかの病気や治療によって後天的に低下した状態です。臨床で遭遇する易感染性のほとんどがこれに該当します。加齢による免疫機能の自然な低下(免疫老化)も、広義の続発性免疫不全に含まれます。

易感染性の原因

  • 基礎疾患
    • 血液疾患: 白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの造血器悪性腫瘍は、正常な免疫担当細胞の産生を阻害する。
    • 後天性免疫不全症候群(AIDS): ヒト免疫不全ウイルス(HIV)がヘルパーT細胞に感染し、破壊することで重篤な免疫不全を引き起こす。
    • 糖尿病: 高血糖状態は好中球の機能を低下させ、血行障害は組織への酸素や栄養の供給を悪化させるため、感染に対する抵抗力が弱まる。
    • 慢性腎臓病・肝硬変: 栄養障害や免疫担当細胞の機能低下を招く。
    • 自己免疫疾患: 全身性エリテマトーデス(SLE)など。疾患自体が免疫異常を伴うほか、治療に使用される免疫抑制薬も原因となる。
  • 治療
    • 抗がん剤(化学療法): 骨髄抑制を引き起こし、特に好中球の著しい減少を招く。
    • 免疫抑制薬: 臓器移植後の拒絶反応抑制や、自己免疫疾患の治療に用いられ、Tリンパ球の働きを強力に抑制する。
    • ステロイド薬: 広範な抗炎症作用・免疫抑制作用を持ち、長期・大量に投与すると免疫機能全般を低下させる。
    • 放射線治療: 照射部位の皮膚・粘膜障害に加え、広範囲の骨髄に照射されると骨髄抑制を引き起こます。
    • 外科手術: 侵襲そのものが免疫力を一時的に低下させ、手術創は感染の温床となる可能性がある。
  • その他
    • 低栄養状態: 免疫細胞や抗体の産生には、タンパク質やビタミン、ミネラルが不可欠である。低栄養は免疫機能の低下に直結する。
    • 加齢: 高齢者は、胸腺の萎縮によるTリンパ球の産生低下や、免疫細胞の機能低下(免疫老化)により、感染症にかかりやすく、また重症化しやすくなる。
    • ストレス: 精神的・身体的ストレスは、ホルモンバランスを介して免疫系に影響を与えることが知られている。

治療・対症療法

  • 原因療法
    • 可能であれば、免疫不全の原因となっている基礎疾患の治療や、原因薬剤の中止・減量を行う。しかし、原疾患の治療のために免疫抑制が必要な場合も多く、困難なケースも少なくない。
  • 感染症治療
    • 早期の経験的治療(エンピリックセラピー): 発熱などの感染兆候が見られた場合、原因微生物が特定される前から、最も可能性の高い微生物を標的とした広域スペクトラムの抗菌薬を投与する。特に好中球減少時の発熱(発熱性好中球減少症)は、急速に重篤化するリスクがあるため、緊急性の高い状態と判断し、直ちに治療を開始する。
    • 微生物学的検査に基づく治療: 血液培養や喀痰培養などの結果に基づき、原因微生物に対して最も効果的な抗菌薬を選択する。
    • 抗真菌薬、抗ウイルス薬の投与: 真菌感染症やウイルス感染症が疑われる場合、あるいはリスクが高い場合には、これらの薬剤を予防的または治療的に使用する。
  • 免疫機能の補助・回復
    • G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)製剤の投与: 好中球減少が著しい場合や、その期間が長引くと予測される場合に投与し、好中球の回復を促進する。
    • 免疫グロブリン補充療法: 原発性免疫不全症や、抗体産生が著しく低下している場合に、免疫グロブリン製剤を定期的に投与する。

看護のポイント

  1. 感染予防策の徹底
    • 標準予防策(スタンダードプリコーション): 全ての患者に対して適用される基本中の基本であり、特に手指衛生は最も重要かつ効果的な感染対策である。
    • 感染経路別予防策: 必要に応じて、接触感染、飛沫感染、空気感染に対する予防策を追加する。
    • 環境整備: 患者のベッド周囲を清潔に保ち、不要な物品を置かないようにする。生花や観葉植物は、アスペルギルスなどの真菌の感染源となりうるため、病室への持ち込みを禁止することが一般的である。
    • 食事の注意: 生もの(刺身、生卵など)の摂取を避け、加熱調理した食事を提供するよう指導する。
    • 侵襲的処置の管理: 静脈ラインや尿道カテーテルなどの管理を厳重に行い、不要になれば速やかに抜去し、挿入・交換時は無菌操作を徹底する。
  2. 感染兆候の早期発見
    • 易感染性患者は、発熱、炎症所見(発赤、腫脹、疼痛)といった典型的な感染兆候を示さないことがある。
    • バイタルサインの綿密な観察: 発熱だけでなく、悪寒、戦慄、頻脈、頻呼吸、血圧低下など、敗血症を疑うサインを見逃さないことが重要となる。
    • 全身状態の観察: 「なんとなく元気がない」「食欲がない」「いつもと様子が違う」といった、患者のわずかな変化が感染の最初のサインであることも少なくない。
    • 各部位の観察: 口腔内の粘膜炎、カテーテル刺入部、皮膚の状態(発疹、褥瘡など)、呼吸器症状(咳、痰、呼吸困難感)、消化器症状(腹痛、下痢)など、全身をきめ細かく観察する。
  3. 患者・家族への教育と精神的支援
    • 予防策の指導: 手洗いやうがい、口腔ケア、皮膚の清潔保持、食事制限などの必要性を、患者と家族が理解し、実践できるよう具体的に指導する。
    • 面会制限の説明: 感染予防のための面会制限(人数、時間、体調不良者の制限など)について、その必要性を丁寧に説明し、協力を得る。
    • 不安の傾聴と共感: 易感染状態にある患者は、常に感染の恐怖や社会からの孤立感を感じているため、その不安や思いを傾聴し、共感的な態度で接することが、患者の精神的な支えとなる。
参考資料
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