皮質下出血について

あずかん

脳出血の中でも特に高齢者に見られることが増えていて、また全脳出血の約10%を占める「皮質下出血」について、その病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説していきます。

目次

皮質下出血とは

皮質下出血とは、脳の表面に近い部分である「大脳皮質」のすぐ下にある「皮質下」領域で発生する脳出血を指す。大脳皮質が感覚や運動、思考などの高次機能を担うのに対し、皮質下は皮質と脳の深部や脊髄をつなぐ神経線維が豊富に存在し、情報伝達の中継地点のような役割を果たしている。

脳出血の多くは、高血圧によって脆弱になった細い動脈(穿通枝など)が破綻することで発生する。そのため、皮質下出血も例外ではなく、高血圧が主な原因となることが多いが、視床出血や脳幹出血のような深部出血とは異なる血管が原因となることがある。

  • 高血圧性血管病変: 長期にわたる高血圧は、皮質下を走る細い血管に持続的な負荷をかけ、血管壁の構造を変化させる。具体的には、細動脈硬化と呼ばれる状態を招き、血管がもろくなる。
  • 脳アミロイドアンギオパチー(CAA): 高齢者に多く見られる病態で、脳の血管壁にアミロイドβという異常なたんぱく質が沈着することで、血管がもろくなり出血しやすくなる。高血圧性出血とは異なり、皮質や皮質下といった脳表に近い部位で出血を繰り返す特徴があり、特に再発性出血のリスクが高いとされている。
  • 血管の破綻と血腫の形成: もろくなった血管は、血圧の急激な上昇や、あるいは特に誘因なく自発的に破綻し、破綻した血管から流れ出た血液が皮質下組織内に血腫を形成する。
  • 周囲脳組織への影響: 形成された血腫は、周囲の神経細胞や神経線維を圧迫し、機能障害を引き起こす。血腫の大きさや部位によっては、大脳皮質にまで影響を及ぼし、高次脳機能障害やてんかん発作を引き起こすこともある。
  • 脳浮腫の併発: 出血後、炎症反応によって血腫の周囲に脳浮腫が生じることがあり、脳浮腫はさらに脳圧を上昇させ、症状の悪化につながる。
  • 水頭症の併発: 血腫が大きく、脳室を圧迫したり、まれに脳室内に穿破したりすると、脳脊髄液の循環が障害され、水頭症を引き起こすことがありる。水頭症は脳圧を上昇させ、意識障害の悪化につながる。

脳動脈奇形(AVM)について

脳動脈奇形(AVM)は、脳出血の原因の一つであり、特に比較的若年層における皮質下出血の重要な原因として知られている。AVMが破裂して出血を起こした場合、その出血は脳の表面に近い部分(皮質や皮質下)に起こることが多いという特徴がある。

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脳アミロイドアンギオパチーについて

脳アミロイドアンギオパチー(CAA)は、脳の皮質や軟膜の細い動脈・ 細動脈の壁に、アミロイドβ(Aβ)という異常なたんぱく質が沈着する病気である。このアミロイドβは、アルツハイマー病の原因物質としても知られている。

CAAは脳の血管壁にアミロイドβが沈着し、血管が脆弱化することで、脳出血を引き起こす。このCAAによる脳出血は、その病理学的特徴から、脳の皮質や皮質下領域に最も頻繁に発生する。そのため、皮質下出血の原因疾患の一つとして、CAAは非常に重要である。特に、高齢者で明らかな高血圧の既往がないにもかかわらず皮質下出血を起こした場合、あるいは多発性・再発性の葉状出血が見られる場合には、CAAの可能性を強く疑う必要がある。

皮質下出血による症状

前頭葉皮質下出血

前頭葉は、思考、計画、意思決定、行動制御、運動、言語産生、人格、感情など、高次脳機能の多くを司る非常に重要な領域である。

  • 運動麻痺
    • 出血側の脳の反対側の身体に、随意運動の障害が生じる。特に「錐体路」という運動神経の通り道が障害されるため、麻痺側の上肢や下肢が動きにくくなったり、全く動かせなくなったりする。また顔面にも麻痺が生じることがある(顔面神経麻痺)。
    • 損傷部位によって麻痺の程度や範囲は異なるが、特に「中心前回」と呼ばれる運動野に近い皮質下出血で、より重度の麻痺が出やすい。
  • 運動性失語(ブローカ失語)
    • 優位半球(多くは左脳)の前頭葉(ブローカ野)に近い皮質下出血で出現する。言葉の理解は比較的保たれるが、言葉を発することが困難になる。
    • 「発話がたどたどしい」「単語が出てこない」「努力して話そうとするが、うまく構音できない」「文法的に誤りが多い」などの特徴が見られ、書字障害(失書)を伴うこともある。
  • 高次脳機能障害
    • 遂行機能障害: 目標を立て、計画し、効率的に実行する能力が低下する。例えば、「料理の手順が思い出せない」「複数のことを同時に処理できない」など。
    • 注意障害: 集中力や持続力が低下し、気が散りやすくなる。
    • 人格変化・感情障害: 意欲の低下、無関心、怒りっぽい、感情のコントロールが難しくなるなどの変化が見られることがある。
    • 脱抑制: 社会的なルールや状況にそぐわない言動(TPOをわきまえない発言、性的な発言)が見られることがある。
  • 尿失禁:
     頻尿や切迫性尿失禁などの排尿障害が見られることがある。

頭頂葉皮質下出血

頭頂葉は、体性感覚(触覚、痛覚、温冷覚、位置覚など)の処理、空間認識、身体イメージ、物の認知などに関与している。

  • 感覚障害
    • 出血側の脳の反対側の身体に、感覚の鈍麻や消失が生じる。触られていることが分からない、痛みを感じにくい、物の形が分からない(失認)など。
    • 特に「中心後回」と呼ばれる体性感覚野に近い皮質下出血で、より顕著な感覚障害が出やすい。
  • 半側空間無視
    • 主に右脳(右頭頂葉)の皮質下出血で出現する。出血と反対側(左側)の空間や物体、自分の身体の左側に対して注意が向かない、認識できない状態となる。
    • 視覚性無視: 左側のものが見えない、左側の景色を無視して車椅子を操作する、左側にある食事に気づかない。
    • 身体性無視: 自分の身体の左側を認識できず、左側の手足を動かそうとしない、左側の化粧をしない、左側の髪をとかさない。
    • 病態失認: 自身の麻痺や障害を認識できないことがあり、これが最も問題となる症状の一つで、患者自身が困っていないため、リハビリテーションへの意欲が低下したり、事故を起こしやすくなったりする。
  • 失行
    • 運動麻痺がないにもかかわらず、目的とする行動を正しく実行できない状態。
    • 観念運動失行: 「ハサミで紙を切る動作をして」と言われてもできない。
    • 着衣失行: 服を正しく着ることができない。
    • 構成失行: ブロックを積んで立体的な図形を作れない、絵が描けない。
  • ゲルストマン症候群
    • 左頭頂葉の特定の領域の障害で、以下の4つの症状を特徴とします。
      • 手指失認: 自分の指を認識できない。
      • 左右失認: 左右が分からない。
      • 失書: 字が書けない。
      • 失算: 計算ができない。
  • 感覚性失語(ウェルニッケ失語)
    • 優位半球(多くは左脳)の側頭葉との境界に近い頭頂葉皮質下出血でも見られ、言葉は流暢に発するが、言葉の意味を理解することが困難になる。
    • 発話は流暢で、文法的には正しく聞こえることもあるが、内容が支離滅裂になったり、意味のない単語を羅列したりすることがある。質問しても的外れな返答をすることが多く、会話が成立しにくい。

側頭葉皮質下出血

側頭葉は、聴覚、記憶、言語理解、感情、顔の認識などに関与している。

  • 聴覚障害
    • 難聴、耳鳴りなどがあり、片側の聴覚野が障害されても、両側の聴覚が完全に失われることは稀。
  • 記憶障害
    • 海馬やその周辺の記憶回路が障害されることで生じ、特に新しいことを覚えられない「前向性健忘」や、過去の記憶が思い出せない「逆行性健忘」が見られる。
  • 感覚性失語(ウェルニッケ失語)
    • 優位半球(多くは左脳)の側頭葉(ウェルニッケ野)に近い皮質下出血で出現する。言葉の理解が困難で、流暢に発話するが内容が支離滅裂になる。
  • 視覚失認
    • 物が見えているのに、それが何であるかを認識できない。
    • 「これが何ですか?」と聞かれても、「何か丸いもの」とは言えてもそれがリンゴだと認識できない、など。
  • 相貌失認
    • 目の前にいる人の顔を見ても、それが誰であるかを認識できない。
    • 家族や友人など、よく知っている人の顔でも認識できない。声や服装などで認識することがある。
  • てんかん発作
    • 側頭葉はてんかん発作の焦点となりやすい部位で、意識がぼんやりしたり、口をモグモグさせる、意味のない行動を繰り返すなどの複雑部分発作を起こしやすい。

後頭葉皮質下出血

後頭葉は、主に視覚情報の処理に関与している。

  • 同名半盲
    • 出血側の脳の反対側の視野の半分が見えなくなる。例えば、右後頭葉の皮質下出血では、両眼の左半分が見えなくなる。
    • 視野の欠損は患者自身が気づきにくいこともあり、そのため、ぶつかりやすい、物を落とす、読書中に文字を読み飛ばすなどの行動が見られることがある。
  • 皮質盲
    • 両側の後頭葉が広範囲に障害されると、目は見えているのに、脳が画像を処理できないために全く物が見えなくなる状態で、患者自身は盲目であることを認めない「アントン症候群」を伴うことがある。
  • 視覚失認
    • 側頭葉の項目で述べたように、物が見えているのにそれが何であるかを認識できない症状。

全般的な症状

出血の部位や大きさに関わらず、共通して出現する可能性がある症状。

  • 頭痛: 出血による脳圧の上昇や、周囲の脳組織への刺激によって生じる。
  • 嘔気・嘔吐: 脳圧亢進症状の一つ。
  • 意識障害: 血腫が大きく、脳圧が著しく上昇した場合や、脳室に穿破した場合に生じる。皮質下出血では深部出血に比べて比較的軽度であることも多いが、重度になることもある。
  • けいれん(てんかん発作): 血腫が脳皮質を刺激したり、出血後の瘢痕形成によって生じることがある。

看護のポイント

急性期の看護

  • 意識レベルの観察と評価
    • JCSやGCSを用いて、意識レベルを定期的に評価し、変化の有無を早期に発見する。
    • 瞳孔径、対光反射、眼球運動なども同時に観察し、脳圧亢進症状(頭痛、嘔気・嘔吐、徐脈、血圧上昇など)の有無を注意深く観察する。意識レベルの変化は、出血の拡大や脳浮腫の悪化、水頭症の進行などを示唆するため、医師への迅速な報告が不可欠となる。
  • バイタルサインの管理
    • 血圧、脈拍、呼吸数、体温を頻回に測定し、異常の早期発見に努める。
    • 血圧管理: 再出血や血腫拡大の予防に極めて重要であり、医師の指示に基づき、適切な降圧薬の投与と厳密な血圧コントロールを行っていく。特に、脳アミロイドアンギオパチー(CAA)が原因の場合は、血圧の急激な変動を避けることが重要となる。
    • 発熱は脳代謝を亢進させ、脳へのダメージを増悪させるため、体温管理も重要である。
  • 呼吸状態の管理
    • 意識障害がある場合は、気道閉塞や誤嚥のリスクが高まるため、SpO2モニタリング、酸素投与、必要に応じた気道確保(口腔内吸引など)を行っていく。
  • 神経症状の観察と評価
    • 運動麻痺、感覚障害、失語症、半側空間無視、視野障害などの局所症状を定期的に評価し、悪化や新たな症状の出現がないか観察する。
    • てんかん発作の有無と特徴(けいれんの種類、持続時間など)を観察し、医師に報告する。
  • 出血の拡大と合併症の予防
    • 安静を保ち、血圧の急激な変動を避けるようにする。
    • 深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症(PE)の予防として、弾性ストッキングの着用や、医師の指示のもと可能な範囲での早期離床、ポジショニングの工夫を行う。
    • 消化管出血の予防のため、H2ブロッカーやプロトンポンプ阻害剤が投与されることがある。
  • 排泄の管理
    • 意識障害や運動麻痺がある場合、排尿・排便の管理が困難になるため、必要に応じて導尿や尿道カテーテルの留置、便秘の予防を行っていく。
  • 清潔ケアと体位変換
    • 意識障害がある患者では、口腔ケア、清拭、陰部洗浄など、清潔ケアを徹底する。
    • 褥瘡予防のため、2時間ごとの体位変換、除圧器具の使用、皮膚の観察を行っていく。

回復期の看護

  • リハビリテーションの支援
    • 早期から、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士と連携し、ADLの改善に向けたリハビリテーションを積極的に支援する。
    • 患者の状態や意欲に応じた目標設定を行い、小さな成功体験を積み重ねられるように励ます。
    • 麻痺側へのアプローチ、関節可動域訓練、感覚刺激、嚥下訓練、構音訓練などを促す。
  • 嚥下機能の評価と食事介助
    • 言語聴覚士による嚥下機能評価に基づき、適切な食事形態(とろみ食、刻み食など)を選択する。
    • 食事介助時は、誤嚥のリスクを最小限にするため、姿勢の調整、一口量の調整、嚥下確認などを丁寧に行う。
    • 口腔内トラブルや誤嚥性肺炎の予防のため、口腔ケアの徹底も重要となる。
  • コミュニケーションの支援
    • 失語症がある場合は、患者さんのコミュニケーション方法(筆談、ジェスチャー、絵カードなど)を見つけ、根気強く関わる。
    • YES/NOで答えられる質問をする、ゆっくりと話すなど、患者さんが理解しやすいように工夫する。
  • 半側空間無視への対応
    • 患者の注意が出血と反対側(多くは左側)に向くように、声かけ、物配置(テレビ、ナースコールなど)、食事介助(左側から促す)などを工夫する。
    • 安全管理のため、左側からの転倒に注意し、ベッド柵の活用や、環境整備を行う。
  • てんかん発作への対応と指導
    • 抗てんかん薬の確実な内服指導を行う。
    • 発作時の安全確保(周囲の危険物の除去、身体の保護)について指導する。
  • 高次脳機能障害への対応と家族支援
    • 記憶障害、注意障害、遂行機能障害などに応じて、メモやチェックリストの活用、指示の単純化、環境調整などを検討する。
    • 患者や家族が高次脳機能障害を理解し、受け入れられるように、専門職と連携しながらサポートする。
    • 感情の不安定さや人格変化に対しては、共感的に傾聴し、ストレスを軽減するような関わりを心がける。
  • 精神的ケアと家族支援
    • 脳出血後の身体的・精神的変化に対して、患者は精神的な落ち込み、不安、苛立ちを感じることがあり、共感的な態度で接し、傾聴することで精神的な支えとなっていく。
    • 家族に対しても、病状や予後について説明し、不安や疑問の解消に努め、介護負担の軽減や社会資源の活用についても情報提供を行っていく。
  • 再発予防の指導
    • 退院後も、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの基礎疾患の管理が重要であることを指導する。
    • 生活習慣の改善(禁煙、節酒、バランスの取れた食事、適度な運動)の重要性を説明し、患者と家族が協力して取り組めるように支援する。
    • 脳アミロイドアンギオパチー(CAA)が原因の場合は、特に再発のリスクが高いため、血圧の厳密な管理と、定期的な脳画像検査の重要性を説明する。
    • 内服薬の管理(降圧薬、抗てんかん薬など)の重要性も再確認し、必要な場合、薬剤師の介入を行い内服支援を行っていく。
参考資料
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