
脳幹出血は、生命維持に不可欠な脳幹が直接ダメージを受けるため、脳卒の中でも特に重篤で緊急性の高い疾患であり、予後が厳しい場合も少なくありません。
この記事では、全脳出血の約10%を占めている「脳幹出血」について病態生理から看護のポイントまでを詳しく説明していきます。
脳幹出血(橋出血)について
脳幹は、中脳、橋、延髄から構成されており、これらは脳と脊髄をつなぐ重要な役割を担っている。意識、呼吸、心拍、体温調節など、生命維持に不可欠な中枢が存在し、また、脳神経の多くも脳幹から出ている。
脳幹出血の多くは、高血圧性脳出血の一種として発生する。長期間にわたる高血圧により、脳幹の細い血管(穿通枝)に負担がかかり、血管壁が脆くなり、この脆くなった血管が破綻することで出血が起こる。出血した血液は周囲の神経組織を圧迫・破壊し、脳幹の機能が障害され、出血量が多いほど、また、出血部位が生命維持に重要な中枢に近いほど、重篤な症状を引き起こす。
- 中心部橋出血
橋の中心部から広範囲に出血が広がる。橋のほぼ全体が障害されるため、非常に重篤な症状を呈する。意識障害(昏睡)、両側の瞳孔が針の先のように小さくなる「ピンポイント瞳孔」、自律神経障害による体温変動、呼吸異常(チェーン・ストークス呼吸など)、そして除脳硬直(四肢の伸展を伴う硬直)などが特徴的で、予後が非常に厳しく、多くの場合、死に至るか、重度の意識障害や身体機能障害が残る。
- 部分的橋出血
橋の一部に限局して出血が起こる。出血部位や量によって症状は異なるが、中心部橋出血に比べて症状は軽度であることが多い。意識障害が軽度であったり、片麻痺や顔面神経麻痺など、特定の脳神経症状が前景に出ることがある。しかし、出血が拡大するリスクもあるため、厳重な観察が必要。


脳幹出血による症状
運動障害
脳幹には、脳から脊髄へ運動指令を伝える重要な神経伝導路(錐体路など)が通っており、出血によってこれらの伝導路が障害されると、以下のような運動障害が現れる。
- 麻痺(片麻痺、両麻痺、四肢麻痺)
- 片麻痺: 体の左右どちらか半分に麻痺が生じる。これは脳幹の運動伝導路が交差する前に障害された場合に起こり得る。
- 両麻痺(対麻痺): 両下肢に麻痺が生じる。
- 四肢麻痺: 四肢すべてに麻痺が生じ、重度の脳幹出血で見られる。
- 除脳硬直
- 脳幹の上部(中脳や橋の上部)の障害によって引き起こされる、四肢の伸展を伴う強直性の姿勢。腕は内側に回旋し、足は底屈する。意識障害が深い場合にみられる重篤なサインの一つで、脳の損傷が広範囲に及んでいることを示唆する。
- 除皮質硬直
- 除脳硬直より上位の脳(大脳皮質またはその直下の白質)の障害で起こる姿勢。腕は屈曲し、足は伸展する。脳幹出血では、出血が広範囲に及んだり、二次的に脳ヘルニアを合併した場合に見られることがある。
- 平衡感覚障害・運動失調
- 脳幹には平衡感覚や姿勢の制御に関わる神経核や神経伝導路(前庭神経核、小脳との連絡路など)があるため、出血によりめまい、ふらつき、歩行時の不安定さなどの運動失調症状が現れることがある。
感覚障害
脳幹には、体の感覚情報を脳へ伝える神経伝導路(内側毛帯路、脊髄視床路など)が通っており、出血によりこれらの伝導路が障害されると、以下のような感覚障害が現れる。
- 感覚鈍麻または感覚消失
- 触覚、痛覚、温冷覚、振動覚、位置覚などの感覚が鈍くなったり、全く感じられなくなったりする。麻痺と同様に、体の片側や両側に現れることがある。
- しびれ感
- 特定の部位にしびれを感じることがある。
眼球運動障害
脳幹には眼球の動きを制御する重要な脳神経核(動眼神経核、滑車神経核、外転神経核)や、それらを統合する中枢(傍正中橋網様体など)が存在する。そのため、脳幹出血では特徴的な眼球運動障害が多く見られる。
- 瞳孔異常
- ピンポイント瞳孔(縮瞳): 橋出血で特徴的に見られる症状で、両側の瞳孔が針の先のように極度に小さくなる。橋にある交感神経路が障害されることによって、瞳孔を広げる働きが抑制され、副交感神経の働きが優位になるために起こる。
- 散瞳: 中脳の障害や、脳圧亢進による脳ヘルニア(特にテント切痕ヘルニア)で動眼神経が圧迫された場合に、瞳孔が大きくなり、対光反射が消失することがあり、これは重篤なサインでもある。
- 左右差: 瞳孔の大きさに左右差が見られることがある。
- 対光反射消失・減弱: 瞳孔に光を当てても縮瞳しない、あるいは反応が鈍い状態。
- 眼球の偏位
- 眼球が特定の方向を向いたまま動かなくなることがある。例えば、片側の外転神経が障害されると、障害側の眼球が内側を向いたまま動かなくなる。
- 複視(物が二重に見える)
- 眼球の動きに左右差が生じることで、両眼で見たときに像がずれて二重に見える。
- 眼振(眼球が規則的に揺れる)
- 脳幹や小脳の障害によって、眼球が意図せずリズミカルに左右や上下に揺れる現象。
- 人形の眼現象の消失
- 意識障害のある患者の頭部を左右に動かすと、正常であれば眼球は頭部の動きとは逆方向に動くが、脳幹の障害が重度の場合にはこの反射が消失する。これは脳死判定の指標の一つでもある。
その他
上記以外にも、脳幹には生命維持に不可欠な中枢が集中しているため、以下のような症状が見られます。
- 意識障害
- 脳幹網様体賦活系が障害されるため、軽度の傾眠から深昏睡まで、様々な程度の意識障害が現れる。重篤な脳幹出血では、急速に意識レベルが低下し、昏睡状態に陥ることが多い。
- 呼吸異常
- 脳幹には呼吸中枢があるため、出血により呼吸パターンに異常が生じる。
- チェーン・ストークス呼吸: 深呼吸と浅い呼吸、そして無呼吸を周期的に繰り返す呼吸パターン。
- 中枢性過換気: 頻呼吸で、呼吸が深く、規則的に続く状態。
- 失調性呼吸(Biot呼吸): 不規則な浅い呼吸と無呼吸が混在する呼吸パターンで、延髄の障害を示唆し、非常に予後が悪いサイン。
- 無呼吸: 呼吸が完全に停止する。
- 脳幹には呼吸中枢があるため、出血により呼吸パターンに異常が生じる。
- 循環器系の異常
- 血圧や心拍数を調節する中枢が障害されるため、高血圧、低血圧、頻脈、徐脈、不整脈など、血圧や心拍数が不安定になることがある。
- 体温調節異常
- 視床下部や脳幹には体温調節中枢があるため、高体温(中枢性高熱)や低体温が生じることがある。特に中枢性高熱は、薬による解熱が困難な場合がある。
- 嚥下障害
- 嚥下に関わる脳神経(舌咽神経、迷走神経)が障害されると、食べ物や唾液がうまく飲み込めなくなる嚥下障害が生じ、誤嚥のリスクが高まる。
- 言語障害(構音障害)
- 発声に関わる脳神経(舌下神経など)が障害されると、舌の動きが悪くなり、ろれつが回らない、不明瞭な話し方になることがある。
- 顔面神経麻痺
- 顔面神経(第VII脳神経)が障害されると、顔の半分が麻痺し、口角が下がったり、目が閉じにくくなったりする。
看護のポイント
1. 生命の危機的状況にある患者の看護
- バイタルサインの厳密なモニタリング
意識レベル(JCS/GCS)、瞳孔所見、呼吸パターン、血圧、脈拍、体温を継続的に測定し、わずかな変化も迅速に医師へ報告する。特に呼吸状態の変化は生命に直結するため最重要となる。 - 呼吸管理
人工呼吸器装着中の患者に対しては、気道内吸引による喀痰除去、適切な加湿、呼吸器の設定確認、胸郭の動きの観察などを確実に行う。 - 二次的脳損傷の予防
- 頭蓋内圧(ICP)亢進の予防: ギャッジアップを30度程度に保ち、頸部の屈曲や過伸展を避けて静脈還流を促す。
- 安楽な体位の保持: 体位変換は血圧や頭蓋内圧の変動に注意しながら、複数人で慎重に行う。
2. 合併症の予防と看護
- 無動・臥床にともなう合併症予防
- 褥瘡予防: 定期的な体位変換とスキンケアを徹底する。
- 深部静脈血栓症(DVT)予防: 弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法の装着、足関節の他動運動を行う。
- 関節拘縮予防: 良肢位を保持し、定期的な関節可動域訓練(ROM訓練)を実施する。
- 感染予防
- 誤嚥性肺炎: 気管挿管・気管切開カニューレの管理、口腔ケアを徹底する。
- 尿路感染: 留置カテーテルの管理を適切に行う。
- 栄養管理
経口摂取は困難なため、経静脈栄養または経管栄養でエネルギーを補給する。下痢や便秘などの消化器症状にも注意が必要となる。
3. 家族への精神的支援
脳幹出血は突然発症し、極めて重篤な状態に陥ることが多いため、患者のご家族は大きな衝撃と不安を抱えている。
- 丁寧な説明: 医師からの説明に同席し、ご家族が理解できるよう補足説明を行う。
- 傾聴と共感: ご家族の不安や思いを傾聴し、精神的なサポートを行う。
- 面会の調整: 患者の状態が許す限り、ご家族が面会できる機会を設けることも重要。