摘便について
あずかん下剤の調整や浣腸でも効果がなく、直腸にガチガチの便が詰まってしまった(糞便塞栓)患者さんに行う「摘便」。
「痛い!痛いからやめて!」と患者さんに泣かれてしまい、途中で指を抜いて心が折れそうになった経験、誰にでもありますよね。
摘便は、患者さんにとって極めて羞恥心と苦痛を伴うケアです。しかし、力任せに指を突っ込んだり、無理やり便を引きずり出そうとしたりすると、「直腸粘膜の損傷・出血」や、最悪の場合は「迷走神経反射によるショック(徐脈・血圧低下)」を引き起こす非常にリスキーな手技でもあります。
今回は、患者さんの苦痛を最小限に抑え、安全かつ確実に便を排出させるための「解剖に沿った摘便のコツ」と「絶対NGな禁忌事項」を徹底解説します。
【完全ガイド】摘便の手順と根拠
| 手順 | 根拠・理由 | ここがポイント! |
|---|---|---|
| 1. 準備と体位の調整 患者を「左側臥位(左シムス位)」にし、膝を深く曲げてもらう。防水シーツを敷き、施術者は手袋を2重に装着。示指(人差し指)に潤滑剤(キシロカインゼリーやオリーブオイル等)を第2関節までたっぷりと塗布する。 | 【解剖生理学的根拠】 大腸は右下腹部から始まり、左下腹部(下行結腸→S状結腸)を通って直腸へとつながります。左側臥位をとることで、重力によりS状結腸から直腸への便の移動が促されます。また、手袋の2重装着は、万が一の破れによる感染(O-157やクロストリジウム等)を防ぐための基本です。 | 潤滑剤をケチるのは絶対にNGです。ゼリーが少ないと摩擦で強烈な痛みを伴います。「ちょっと冷たいですよ」と声をかけながら、肛門周囲にもゼリーを優しく塗って滑りを良くしましょう。 |
| 2. 挿入時の声かけと角度 患者に「口からふーっと長く息を吐いてください」と促し、息を吐くタイミングに合わせて、示指の腹を「おへその方向(腹側)」へ向けて約2〜3cmゆっくり挿入する。その後、指の腹を「尾骨・仙骨のカーブに沿って(背側へ)」向きを変えながら進める。 | 【解剖生理学的根拠】 肛門管から直腸への入り口は、真っ直ぐではなく「くの字」に曲がっています。最初は臍に向かって進み、直腸膨大部に入ったら背骨のカーブに沿わせるのが正解です。また、息を吐くことで腹圧が抜け、肛門括約筋が弛緩して指がスッと入りやすくなります。 | 【ここで失敗しやすい】 患者さんが緊張して息を止めている時(括約筋が締まっている時)に無理に指を押し込むと、激痛が走ります。必ず「ふーっと息を吐いて〜」という呼吸に合わせて指を進めるのが最大のコツです。 |
| 3. 便の破砕と掻き出し 便塊に触れたら、指の腹を使って便と腸壁(粘膜)の間に隙間を作るように指を滑り込ませる。大きな便塊は指で押し潰して細かく砕き、指の腹で便を絡めとるようにゆっくりと肛門外へ引き出す。 | 【安全管理・粘膜保護の根拠】 直腸粘膜は非常にデリケートです。便の真ん中に指を突き刺して無理やり引っ張り出そうとすると、腸壁が引っ張られて粘膜を損傷(裂傷・出血)します。粘膜と便の間に潤滑剤のついた指を滑り込ませて剥がすイメージです。 | 【禁忌・絶対NG行動】 指を「鉤(フック)」のように曲げて、力任せにガリガリと引っ掻くのは絶対禁忌です。爪で粘膜を傷つけるだけでなく、激痛と出血を招きます。必ず「指の腹」を使って優しく掻き出してください。 |
| 4. 迷走神経反射の観察と終了 摘便中は常に患者の顔色を観察し、「気分が悪くないか」「冷汗をかいていないか」を確認する。終了後は微温湯で肛門周囲を清拭し、便の性状(出血の有無)と量をカルテに記録する。 | 【安全管理の根拠】 直腸や肛門への強い物理的刺激は、迷走神経を過剰に緊張させ、心拍数の低下(徐脈)や急激な血圧低下を引き起こします(迷走神経反射)。高齢者や心疾患のある患者では、ショック状態や心停止に陥るリスクがあるため、顔色と冷汗の観察は必須です。 | 1回の摘便の時間は「長くて5分以内」にとどめましょう。それ以上粘ると患者さんの体力が奪われます。取りきれない場合は時間を空けるか、医師に相談を。 |
よくあるトラブル・疑問(Q&A)



Q. 指を入れたら、石のように硬い巨大な便(宿便)が栓をしていて、指が入らず砕くこともできません。どうすればいいですか?



A. 絶対に無理押しせず、一度指を抜いて「オイル注入」などを医師に相談してください。
ガチガチの便を無理に掻き出そうとすると、直腸穿孔や大出血の危険があります。このような糞便塞栓の場合、医師の指示のもと、オリーブオイルやグリセリン(原液ではなく浣腸液など)を直腸内に少量注入し、30分〜1時間ほど放置して便の表面を軟化させてから再度摘便を試みる「オイル浣腸+摘便」のコンボが有効な場合があります。焦ってその場で解決しようとしないことが重要です。



Q. 摘便中に患者さんが「ちょっと気持ち悪い…目の前が暗くなってきた」と言い出しました。どう対応する?



A. 直ちに摘便を中止し、バイタルサイン(血圧・心拍数)を測定してください。
典型的な「迷走神経反射」のサインです。すぐに指を抜き、可能であれば仰臥位にして下肢を15〜30度挙上させ(脳への血流確保)、同時に医師へSBARで急変を報告します。この時に「あともう少しだから我慢して」と続けるのは絶対にやってはいけません。