移乗動作について

移乗動作について|介助の手順とよくあるトラブル

あずかん

朝の検査出し、リハビリ送り、トイレ誘導、シャワー浴——病棟看護師が1日に何回、移乗介助をしているか数えたことはありますか。おそらく、どの手技よりも実施回数が多いのが移乗です。
そして残念ながら、看護師の腰痛の最大の原因であり、入院患者さんの転倒・転落事故の発生場面としても上位に来るのが、この移乗の場面です。さらに見落とされがちなのが、移乗の最中に起こるスキンテア(皮膚裂傷)、ドレーンやルートの自己(事故)抜去、麻痺側上肢の亜脱臼、起立性低血圧による失神といった合併症。どれも「ちょっとした手順の違い」で防げるものばかりです。

移乗介助が上手な看護師は、力が強いわけではありません。患者さんの重心がどこにあり、それをどう動かせば最小の力で立てるかを理解しているだけです。実際、体重80kgの男性でも、40kg台の看護師が一人で安全に移乗できます。逆に、力任せに抱え上げる介助は、看護師の腰を壊し、患者さんの皮膚を傷つけ、患者さん自身の「立つ力」を奪っていきます。
今回は、四肢麻痺のない患者さん(見守り〜軽介助)と、片麻痺のある患者さん(部分介助)の2パターンに分けて、手順とその根拠、そして現場で差がつくコツを紹介していきます。

【重要事項】
※本記事は一般的な手順・根拠を解説したものです。実施の際は、必ず所属施設の院内マニュアルや医師の指示を優先してください。
特に、離床許可の有無、荷重制限(全荷重・部分荷重・免荷)、安静度、装具の装着指示については、必ずカルテとリハビリテーション記録で確認してから実施してください。


目次

実施前に必ず押さえる3つの大前提

① 離床許可と荷重制限の確認

「安静度:車椅子可」だけでは情報不足です。

・大腿骨頸部骨折や人工関節置換術後なら、術側が全荷重か、1/3荷重か、免荷か
・脊椎術後なら、体幹の回旋・前屈が禁忌になっていないか(コルセット装着の有無)
・心疾患・術後早期なら、負荷の上限(Borgスケールでどこまで許容か)

ここを確認せずに移乗して、荷重制限中の下肢に全体重をかけてしまう——これは実際に起こるインシデントです。リハビリの記録に「立位訓練、前腕支持にて30秒可」などと書かれていれば、その日の患者さんの実力が具体的に分かりますよ。

② 起立性低血圧のリスク評価

長期臥床、降圧薬(特にα遮断薬・利尿薬)、糖尿病による自律神経障害、脱水、透析後、発熱後——これらがある患者さんは、立ち上がった瞬間に血圧が落ちます。

臥床期間が3日以上ある患者さんは、いきなり立たせない。 端座位で1分、そこで顔色・冷汗・眼前暗黒感を確認してから立位、という段階を踏むだけで、失神による転倒はかなり防げます。

③ ライン・ドレーン・装着物のマッピング

移乗の直前に、「今、この患者さんに何が付いているか」を声に出して確認する習慣をおすすめします。

末梢ルート、CVカテーテル、硬膜外カテーテル、膀胱留置カテーテル、各種ドレーン、酸素チューブ、心電図モニター、フットポンプ、NPPVの回路——これらの「長さ」と「行き先」を把握してから動き出す。移乗中に引っ張られて抜去される事故は、動き出す前の30秒で防げます。


【完全ガイド】四肢麻痺のない患者さん(見守り〜軽介助)の移乗介助

対象:麻痺はないが、筋力低下・全身倦怠感・術後・高齢などにより、一人での移乗が不安定な患者さん。

手順根拠・予測ここがポイント!
①患者さんの情報を確認する
カルテで安静度・荷重制限・血圧の推移(特に最低値)・鎮静薬や睡眠薬の内服時間・前回の移乗時の様子を確認する。リハビリ記録の「立位保持〇秒」「移乗:監視レベル」などの評価を見る
移乗は「昨日できたから今日もできる」とは限らない行為。睡眠薬の残存効果、発熱、夜間の不眠、下痢による脱水などで、その日の耐久性は容易に変わる。リハビリ記録はセラピストによる客観的な能力評価であり、看護師が介助量を決める最良の根拠になる「昨日はできていました」を根拠に一人で介助を始めるのが、最も危険なパターンです。申し送りの「移乗自立」を鵜呑みにせず、必ずその日の本人の動きを自分の目で確認してから判断すると安全です
②環境を整える
ベッド周囲の障害物(オーバーテーブル、点滴スタンド、ゴミ箱、スリッパ)を移動させ、看護師が患者さんの正面と側方に立てるスペースを確保する。床の水濡れを拭く
移乗中に足元の物につまずくのは、患者さんではなく介助者であることが多い。介助者が体勢を崩すと、支えられている患者さんはそのまま転倒する。床の水分は、患者さんの靴底と介助者の靴底の両方の摩擦係数を下げるオーバーテーブルはキャスター付きで固定されていないことが多く、患者さんがとっさに掴むと動いて転倒します。手が届く範囲から必ず外に出すのを習慣にしてください
③車椅子を準備する
①タイヤの空気圧を確認
②ブレーキが確実にかかるか、実際にかけて車椅子を押して動かないことを確認
③フットレストを上げる(または外す)
④アームレストが着脱式ならベッド側を外す
⑤座面にクッション、背面に必要ならバスタオル
ブレーキの効きはタイヤの空気圧に依存する。空気が抜けたタイヤはブレーキをかけても滑る。フットレストを下げたままだと、立ち上がりの際に下腿後面をぶつけてスキンテアや打撲を起こす。高齢者の下腿は皮下組織が薄く、わずかな接触でも皮膚剥離に至る「ブレーキをかけた」と「ブレーキが効いている」は別物です。 かけた後に車椅子を軽く押してみる——この2秒を惜しまないでください。空気が甘いタイヤは、病棟の共有車椅子では本当によくあります
④車椅子の設置角度を決める
ベッドに対して20〜30度の角度で、患者さんが座る位置のすぐ脇に配置する。ベッドと車椅子の隙間はできるだけ詰める
車椅子を90度(真横)に置くと、移乗時に体幹の回旋角度が90度必要になり、患者さんにも介助者にも負担が大きい。20〜30度なら方向転換が最小限で済み、患者さんは「少し回るだけ」で座面に到達できる。隙間があると、そこに足や殿部が落ち込む危険がある新人さんが一番迷うのがこの角度です。「患者さんが立ち上がって、45度くらい回ったらもう座面の上」という位置をイメージすると決めやすいですよ。隙間はこぶし1個も空けないが目安です
⑤履物を確認する
スリッパ・サンダル・かかとのない靴は使わない。 踵が覆われ、足背がしっかり固定される靴(または滑り止め付きの靴下)に履き替える。靴の中に手を入れて異物を確認
スリッパは踵が固定されないため、方向転換時に足だけが取り残されて転倒する。また、つま先が引っかかりやすい。糖尿病神経障害のある患者さんでは、靴の中の異物を感覚で気づけないため、手での確認が必要病院のスリッパで転倒するインシデントは非常に多いです。ご家族に「かかとのある、履き口が広めの運動靴を持ってきてください」と具体的に伝えると、良いものを持ってきてもらえますよ
⑥ベッドの高さを調整する
患者さんが端座位になったときに、足底が完全に床につき、膝関節が90度、やや股関節が膝より高くなる高さに設定する(膝よりお尻がわずかに高い)
足底が床につかないと、立ち上がりに必要な下肢での床反力が得られず、介助者が全体重を引き受けることになる。股関節がやや高い位置にあると、重心を前方に移動させやすく、立ち上がりの初動が軽くなる(低すぎる座面から立つのが難しいのと同じ原理)ベッドを下げるのを忘れて、患者さんの足がぶらぶらしたまま立たせようとする——新人さんの定番のつまずきです。「足の裏が床にべったり着いているか」を目視で確認してから次に進んでください
⑦患者さんに説明し、同意を得る
「これから車椅子に移りますね。まずベッドの端に座って、少し休んでから立ちます。合図は『1、2の3』で立ちますので、私の肩に手を回してください」と、手順と合図の言葉まで具体的に伝える
説明は権利擁護であると同時に、安全管理の手段。動作のタイミングが共有されていないと、患者さんが介助者の想定と違うタイミングで動き、バランスを崩す。合図を明示することで、患者さん自身の力を最大限に引き出せる「移乗しますね」だけでは患者さんは何をすればいいか分かりません。「どこを掴んで、いつ力を入れるか」まで伝えると、患者さんの協力度がまるで変わります。認知機能の低下がある方には、一動作ずつ短く区切って伝えるほうが伝わりますよ
①仰臥位から端座位へ
①患者さんに両膝を立ててもらう
②移乗側へ顔を向けてもらう
③看護師は患者さんの肩甲骨と膝窩を支え、「膝を倒す→上半身が起きる」の順で、てこの原理を使って側臥位から起き上がらせる
④下腿をベッドから下ろす動きに合わせて、上半身を起こす
膝を立てると下肢の重さがてことして働き、少ない力で体幹を回旋できる。顔を向ける方向へ体は自然に回旋する(頸部からの連鎖反応)。「下肢を下ろす」と「上体を起こす」を同時に行うことで、下肢の重みが上体を起こす助けになるここで首の後ろに手を入れて頭から引き起こすのは避けたいところです。頸椎に負担がかかりますし、介助者の腰も痛めます。肩甲骨の下と、膝の裏——この2点支持を覚えると劇的に楽になります
②端座位で1分待ち、状態を確認する
座位のまま、顔色、冷汗、めまい・ふらつきの有無、悪心を確認する。臥床が長い患者さんや降圧薬使用中なら、座位で血圧・脈拍を測定する。患者さんに「ふらつきはないですか」「気持ち悪くないですか」と具体的に聞く
臥位から座位への体位変換で、約500〜700mLの血液が下肢・腹部に貯留する。健常であれば圧受容器反射で心拍数が上がり血管が収縮して代償されるが、臥床による循環血液量減少、自律神経障害、降圧薬があるとこの代償が働かず、収縮期血圧20mmHg以上の低下をきたす「立ってから気づく」では遅いんです。座位の1分で顔面蒼白や冷汗が出たら、その時点で中止して臥床に戻す。この判断ができる看護師は信頼されます。糖尿病の自律神経障害がある患者さんは、血圧が下がっても脈が上がらないので、脈だけで安心しないでください
③座位を浅く前方に移動させる
患者さんに左右に交互に体重を移してもらいながら、殿部を少しずつベッドの前縁へ移動させる。最終的に大腿の1/2〜2/3がベッドから出るくらい浅く座る
深く腰掛けたままでは、重心が支持基底面(足底)の後方にあり、立ち上がれない。浅く座ることで重心が前方に移り、足底の真上に重心を乗せる動作が可能になる。これが立ち上がりの物理的な前提条件立てない患者さんの8割は、座りが深すぎるだけです。力任せに引き上げる前に、まず浅く座り直させてみてください。驚くほど簡単に立てるようになることがあります
④足の位置を決める
患者さんの両足を肩幅に開き、膝よりもやや後方(足首が膝の真下か、やや手前)に引いてもらう。移乗する方向の足を、わずかに後ろに引いておく
足が前に投げ出されていると、重心を足底の上に移動できない。足を引くことで足関節の背屈位が作られ、下腿三頭筋・大腿四頭筋が効率よく働く。移乗方向の足を引いておくと、立ち上がった後の方向転換の軸足になり、回旋がスムーズになる足の位置の修正は、言葉で言うより看護師が自分の足で患者さんの足を軽く誘導するほうが早いです。「かかとを椅子のほうに引いてください」と具体的な言葉を添えると伝わりやすいですよ
⑤立ち上がりの介助
①看護師は患者さんの正面にやや斜めに立ち、両足を前後に開いて(スタンス幅を広く)重心を低くする
②患者さんに「私の肩、または背中に手を回してください」と伝える(首に抱きつかせない)
③看護師は患者さんの腸骨稜〜体幹側面または肩甲骨部を支える
④「1、2の3」で、患者さんの上体を前方(おじぎをする方向)へ誘導しながら、看護師は膝を伸ばす力で立ち上がる
上体の前傾(前方への重心移動)が立ち上がりの本質。「上に持ち上げる」のではなく「前に誘導する」ことで、重心が足底の支持基底面に入り、患者さんの下肢が自然に伸展する。介助者は膝関節と股関節の伸展(大腿四頭筋・大殿筋)を使うことで、腰椎への剪断力を回避できるここが最重要ポイントです。新人さんの9割は「上に引き上げよう」とします。 そうではなく「お辞儀をしてもらって、その勢いで前に出る」。介助者が半歩後ろに下がりながら誘導すると、患者さんは自然に前傾して立てますよ。首に抱きつかれると介助者の頸椎が危険なので、最初に「肩に手を置いてください」と伝えておくのがコツです
⑥方向転換
患者さんが立位を保持できたら、看護師の足を軸にして、小刻みに足踏みするように方向転換する。患者さんにも「その場で足踏みしてください」と声をかける。一気に体をひねらない
立位のまま体幹だけを回旋させると、足部が床に固定されたまま膝関節に回旋ストレスがかかり、膝の靭帯損傷や転倒を招く。小刻みなステップで足部ごと向きを変えることで、関節への剪断力を回避できる「足踏みしながら回る」——これを患者さんに伝えるだけで、事故がぐっと減ります。看護師が体をひねって患者さんを引きずるように回すのは、患者さんの膝と介助者の腰、両方を壊す動きです
⑦着座
①患者さんの下腿後面が車椅子の座面前縁に触れる位置まで移動
②「後ろに椅子があります、ゆっくり座りますよ」と声をかける
③患者さんの上体を前傾させたまま、ゆっくり膝を曲げて、介助者も一緒に腰を落とす
④ドスンと落とさず、殿部が座面に着く最後まで支える
下腿後面が座面に触れることで、患者さんは視覚に頼らず椅子の位置を認識できる(安心感につながる)。着座時に上体が後方に倒れると、重心が後ろに逃げて尻もち様の着座になり、脊椎圧迫骨折や尾骨の打撲を起こす。高齢者や骨粗鬆症患者では特に注意「座る」は「立つ」より事故が多い動作です。最後の10cmを支えきれず、ドスンと落としてしまう——これが圧迫骨折の原因になります。介助者も一緒にスクワットするように腰を落とすと、最後まで支えられますよ
⑧座位姿勢を整える
①深く座り直す(患者さんに左右へ体重移動してもらいながら、殿部を後方へ誘導、または背部から骨盤を支えて後方へ)
②フットレストを下ろし、両足を乗せる
③膝関節・股関節が90度になるよう調整
④ずり落ち防止のクッション、必要ならポジショニング
⑤衣類のしわを伸ばす
浅く座ったままだと仙骨座りになり、仙骨部への圧とずれが集中して褥瘡のリスクが上がる。また骨盤後傾により体幹が不安定になり、ずり落ちや転落の原因になる。衣類のしわは局所的な圧迫点を作る移乗が終わったら気が緩みがちですが、ここで深く座り直させるかどうかで、その後1〜2時間の患者さんの安楽と皮膚が変わります。「移乗のゴールは座面に乗せることではなく、安定した座位を作ること」と考えると丁寧になれます
⑨ライン・ドレーンの再確認
点滴ルートの屈曲・引っ張り、ドレーンの走行と固定、尿バッグを膀胱より低い位置で、かつ床につかない高さに掛ける。酸素チューブの長さを確認
尿バッグが膀胱より高いと尿の逆流による上行性尿路感染のリスク、床に接すると接触による汚染のリスク。ドレーンの屈曲は排液不良から閉塞・逆行性感染につながる移乗直後の「引っ張られていないか一周見る」を習慣にしてください。特に硬膜外カテーテルや持続吸引ドレーンは、抜けると治療計画そのものが崩れます
⑩後片付け・記録
ブレーキを解除する前に、フットレストに足が乗っていること、ブレーキを外すこと、手が車輪に触れない位置にあることを確認。実施後は血圧・脈拍・自覚症状・介助量を記録する
足が床に垂れたまま車椅子を動かすと足を巻き込んで骨折や皮膚損傷を起こす。手が車輪に触れていると指の挟み込みが起こる。介助量を記録することで、次の担当者が同じ判断基準で介助できる記録は「車椅子移乗施行」ではなく「端座位で1分保持後、ふらつきなし。前腕支持にて立位可、方向転換は一部介助。移乗後BP 118/70、自覚症状なし」と書くと、次の人が何を準備すべきか分かります

【完全ガイド】片麻痺のある患者さんの移乗介助(部分介助)

対象:脳血管障害などにより片側の上下肢に麻痺がある患者さん。

この介助の大原則は、たった一つです。
車椅子は「健側」に置く。移乗は「健側方向」へ行う。
これさえ外さなければ、片麻痺の移乗は大きく崩れません。理由は下の表で解説します。

手順根拠・予測ここがポイント!
①麻痺側・健側と、麻痺のレベルを確認する
カルテで麻痺側(右片麻痺/左片麻痺)、Brunnstrom stage、MMT、装具(短下肢装具AFO、アームスリング)の指示、高次脳機能障害(半側空間無視、失語、注意障害)の有無を確認する。上肢の亜脱臼の有無も確認
同じ「左片麻痺」でも、Brunnstrom stage Ⅱ(弛緩性)と stage Ⅴ(分離運動可)では介助量がまったく違う。半側空間無視があると、無視側の車椅子やフットレストに気づかず衝突・転倒する。弛緩性麻痺の上肢は肩関節の亜脱臼を起こしていることが多く、引っ張ると疼痛と組織損傷を招く「右麻痺」と聞いたら、まず「どの程度動くのか」まで確認するのが中堅への一歩です。そして右片麻痺の多くは失語を伴う(優位半球病変)ので、声かけが伝わらないことがある。ジェスチャーや、動作を一緒にやって見せるほうが有効な場面が多いですよ
②車椅子を「健側」に、20〜30度の角度で設置する
健側の足元側に、ベッドに対して20〜30度、隙間なく配置。ブレーキ確認、ベッド側のアームレストは可能なら外す、フットレストは上げる
健側方向へ移乗することで、患者さん自身の健側上肢でアームレストを掴み、健側下肢を軸足として使える。麻痺側方向へ移乗すると、支えのない麻痺側へ重心が移動し、患者さんは自力で立ち直れずそのまま転倒する。アームレストを外すと、座面の高さでの横移動(スライディングボード使用時)も可能になるここを間違えると、他のすべてが正しくても危険な介助になります。病室に入ったら、まず「この人の健側はどっちか」を確認して車椅子の位置を決める——この順番を体に染み込ませてください
③麻痺側上肢を保護する
弛緩性麻痺の上肢は、移乗前に健側の手で抱えてもらう、腹部の上に置く、またはアームスリングを装着する。絶対に麻痺側の上肢を引っ張らない、脇の下に手を入れて引き上げない
弛緩性麻痺では肩関節周囲の筋(特に棘上筋・三角筋)の支持が失われ、上腕骨頭が下方に亜脱臼している。この状態で牽引すると、腕神経叢損傷、腱板損傷、疼痛性肩手症候群(CRPS)を惹起する。一度発症した肩の疼痛は、その後のリハビリを著しく阻害する絶対禁忌:麻痺側上肢を引っ張る/脇の下から持ち上げる
新人さんがとっさにやってしまう最多のNG行動です。麻痺側の腕は「支えるもの」であって「掴むもの」ではないと覚えてください。ぶらんと垂れた腕は、移乗中に車輪やアームレストに巻き込まれる危険もあります
④ベッドの高さと装具
足底が床につく高さに調整する。短下肢装具(AFO)の指示がある場合は、端座位になってから装着する。装具の位置ずれ、皮膚の発赤を装着前に確認
麻痺側の足関節は尖足・内反になりやすく、そのままでは荷重時に足関節が内反して捻挫・転倒する。AFOは足関節を中間位に保持し、安全な荷重を可能にする。装着部位(内果・外果・腓骨頭)は骨突出部で褥瘡好発部位装具は「臥位で履かせるより端座位で履かせる」ほうが、足関節が中間位に収まりやすく、ずれません。腓骨頭部の圧迫は腓骨神経麻痺(下垂足)を招くので、装着後に指1本入る余裕があるか確認を
①仰臥位から端座位(健側を下にする)
①患者さんに健側の手で麻痺側の手を組んでもらう(Bobath肢位・手を組む)
②健側の足を麻痺側の下腿の下に差し入れてもらい、麻痺側の下肢を持ち上げる
③健側方向へ側臥位になる
④健側の肘でベッドを押しながら起き上がる。看護師は麻痺側の肩と骨盤を支えて回旋を介助
健側で麻痺側を運ぶという原則。手を組むことで麻痺側上肢が体幹から離れず、引っかかりや牽引を防げる。健側の下肢で麻痺側下肢を運ぶ方法は、患者さん自身ができる動作であり、自立度の維持につながる。健側を下にして起きることで、健側肘でのプッシュアップが使えるこの「手を組んで、健側の足で麻痺側の足をすくう」動作は、リハビリで必ず練習している基本動作です。看護師がやってあげるのではなく、患者さんにやってもらう。病棟でこれを実践できると、リハビリの効果が病棟でも維持されます
②端座位での安定性確認
座位で、麻痺側に傾いていないか、体幹が保持できているかを確認する。看護師は麻痺側に立って支える。血圧低下の症状(顔色、冷汗、めまい)を確認
片麻痺患者さんは麻痺側へ倒れる(pusher現象がある場合は逆に健側へ強く押す)。介助者が麻痺側に立つことで、倒れる方向を支えられる。脳卒中急性期では血圧変動が大きく、また再発リスクもあるため、症状変化の観察が特に重要pusher現象(麻痺側へ全力で押し込む現象)がある患者さんは、通常の介助が通用しません。「まっすぐに」と言っても傾きます。この場合は視覚的な垂直の手がかり(壁や柱を見てもらう)を使い、無理に修正せずリハビリスタッフと介助方法を統一してください
③浅く座り直し、足の位置を作る
殿部を前縁まで移動。健側の足をやや後方に引き、麻痺側の足は健側の足の隣(やや前方でも可)に置く。麻痺側の足が内反していないか、足底全面が接地しているかを確認
健側足が主たる支持・軸足になるため、健側を引いて力を入れやすい位置にする。麻痺側の足も接地させることで支持基底面が広がり、安定性が増す。内反尖足のまま荷重すると足関節外側での荷重となり、捻挫・皮膚損傷を招く麻痺側の足は放っておくと内反して足の外側縁だけが着いていることがよくあります。看護師が手で足を持って、足底が全面接地するよう置き直す——この一手間を入れてください
④立ち上がり介助(健側方向へ)
①看護師は患者さんの麻痺側に、やや正面寄りに立つ
②患者さんの健側の手を、看護師の肩または車椅子の遠位側アームレストに置いてもらう
③看護師は麻痺側の骨盤(腸骨稜)と肩甲骨、または腰背部を支える
④看護師の膝を、患者さんの麻痺側の膝の前面に当てて支え(膝折れ防止)
⑤「1、2の3」で上体を前傾させながら立位へ
麻痺側に立つことで、崩れる方向を直接支えられる。麻痺側下肢は荷重時に膝折れを起こしやすく、介助者の膝でブロックすることで膝関節の過伸展と崩れ落ちの両方を防ぐ。骨盤を支えるのは、重心に最も近い部位を制御することで最小の力で姿勢をコントロールできるため「膝ブロック」は片麻痺移乗の最重要テクニックです。自分の膝を患者さんの麻痺側の膝の前に軽く当てるだけで、膝折れの不安がほぼ消えます。ただし強く押し当てると膝の過伸展を起こすので、「支える」程度の圧で。慣れると、この一つで介助の安心感がまったく変わりますよ
⑤方向転換(健側を軸に)
健側下肢を軸として、小刻みに足を踏み替えながら健側方向へ回る。麻痺側の足は、看護師が自分の足で軽く誘導して運ぶ。麻痺側の足が置き去りにならないか確認
麻痺側下肢は随意的に踏み替えができないため、足が床に残ったまま体幹だけが回旋すると、麻痺側の膝・足関節に強い回旋ストレスがかかる。看護師が足を運ぶことで、これを防ぐ麻痺側の足を運ぶのは、自分のつま先で患者さんのつま先を軽く押す程度で十分です。手で持ち上げようとすると自分の体勢が崩れます。「足で足を介助する」という感覚を覚えると、片麻痺の移乗が一気に楽になります
⑥着座
下腿後面が座面に触れたことを確認 → 「後ろに椅子があります」と声かけ → 上体を前傾させたまま、健側の手でアームレストを掴んでもらいながら、ゆっくり腰を下ろす。最後まで支える
健側上肢でアームレストを掴むことで、患者さん自身が着座速度をコントロールできる。上体前傾を保つことで重心が後方に逃げず、尻もち様の着座を防ぐ健側の手を「どこに置くか」を着座の前に指定しておくのがコツです。「座るときは、この手すりを握ってくださいね」と先に伝えておくと、慌てずに済みます
⑦座位姿勢の調整(麻痺側のポジショニング)
①深く座り直す
②麻痺側上肢をアームレストまたはクッション・テーブル上に、肩甲骨がやや前方に出るよう支持する
③麻痺側下肢をフットレストに正しく乗せ、内反していないか確認
④体幹が麻痺側へ傾かないよう麻痺側にクッションを入れる
⑤麻痺側の手が車輪に触れる位置にないか確認
麻痺側上肢を垂らしたままにすると、自重で肩関節の亜脱臼が進行し、疼痛と浮腫を招く。支持面を作ることでこれを防ぐ。麻痺側は感覚障害を伴うことが多く、圧迫・擦過・巻き込みに気づけない。半側空間無視があれば、なおさら自分では気づけない絶対禁忌:麻痺側上肢を車椅子の外に垂らしたまま移動する
走行中に車輪に巻き込まれて上腕骨骨折、壁や柱にぶつけて打撲・スキンテア——実際に起きている事故です。移動を開始する前に、「麻痺側の手はどこにあるか」を必ず目で確認してください。これは新人さんに必ず伝えている一点です
⑧移動前の最終確認
フットレストに両足が正しく乗っているか、麻痺側上肢が体の内側に収まっているか、ベルト(必要時)、ブレーキ解除 の順で確認してから動き出す
麻痺側は感覚鈍麻により、足がフットレストから外れて床を引きずっていても本人が気づかない。走行中に足を巻き込むと、下腿の皮膚剥離や足関節骨折に至る私が新人さんに教えている確認の合言葉は「足・手・ブレーキ」。動き出す直前に、この3つを口に出して指差し確認する。地味ですが、事故は本当に減ります

【要注意】これだけは絶対にやらないでください(NG行動まとめ)

NG行動なぜ危険か
麻痺側の腕を引っ張る/脇の下から抱え上げる肩関節亜脱臼の増悪、腕神経叢損傷、肩手症候群(CRPS)。一度起こると疼痛でリハビリが進まなくなる
車椅子を麻痺側に置いて移乗する支えのない方向へ重心が移動し、患者さんが自力で立ち直れない。転倒直結
ブレーキをかけずに、あるいは「かけたつもり」で移乗する車椅子が後退し、患者さんは床に転落。移乗事故の典型パターン
フットレストを下ろしたまま立ち上がらせる/座らせる下腿後面をぶつけてスキンテア・打撲。高齢者では容易に皮膚が裂ける
患者さんに首に抱きつかせる介助者の頸椎損傷。また患者さんの重心が上方に移り、かえって不安定になる
腰を曲げ、膝を伸ばしたまま持ち上げる(前屈位での介助)腰椎椎間板への圧力が跳ね上がり、腰痛症・椎間板ヘルニアの原因。厚生労働省も人力のみの抱え上げを原則行わない方針を示している
衣服(特にズボンのベルトループやパジャマ)を掴んで引き上げる局所に力が集中し、鼠径部の圧迫や衣服の破損、バランス喪失を招く。移乗ベルトを使うのが正解
スリッパのまま移乗する踵が固定されず、方向転換時に足が残って転倒
一人で無理と感じているのに、一人で実施する最も多い重大事故の背景。「応援を呼ぶ」は技術の一つです

よくあるトラブル・疑問(Q&A)

ぴよナース

移乗の途中で患者さんの膝が折れて、立っていられなくなりました。どうすればいいですか?

あずかん

持ち上げ直そうとしないでください。 これが一番大事です。

膝折れした瞬間、看護師は反射的に「引き上げよう」とします。しかしこの体勢——患者さんの全体重が前傾した介助者の腰にかかった状態——が、看護師の腰椎を壊す最悪のパターンであり、同時に支えきれずに二人とも転倒するパターンでもあります。

やるべき対応は「ゆっくり、床またはベッドへ下ろす」ことです。

①患者さんの体を自分の体に密着させる(体幹に引き寄せると、重心が近づいて制御しやすくなります)
②患者さんの腋窩の下から、自分の前腕を通して抱える(麻痺側なら牽引にならないよう、体幹側面を支える)
③自分の膝を曲げてしゃがみ込みながら、患者さんの殿部を床へゆっくり誘導する
④後方にベッドがあるならベッドへ、なければ床へ。頭部を打たないよう、自分の体を使って支える
⑤下ろしたら、その場を離れずナースコールまたは大声で応援を要請

床に下ろすことは「失敗」ではありません。 支えきれない状態で粘るほうが、よほど危険です。新人さんには「下ろす判断ができるのは、上手な看護師の証拠」と伝えています。
そして下ろした後は、バイタルサイン測定、意識レベル、外傷(特に頭部・膝・臀部)の確認、疼痛の有無を評価し、医師へ報告してください。膝折れの原因(血圧低下、低血糖、下肢筋力低下、薬剤性、意識レベルの変化)の評価が必要です。

再発予防としては、次回から二人介助にする、スタンディングリフトやスライディングボードの使用を検討する、リハビリスタッフに介助方法の再評価を依頼する——ここまでカンファレンスで共有できると、インシデントが学びに変わります。


ぴよナース

車椅子と患者さんの体格差が大きく(患者さんが大柄)、一人では怖いです。応援を呼ぶのは負けた気がして言い出しにくいのですが…

あずかん

「応援を呼ぶ」は、技術です。負けではありません。

これは新人さんが本当によく抱える葛藤です。「先輩は一人でやっている」「忙しそうで頼みづらい」——その気持ちはよく分かります。
でも、考えてみてください。もし一人で無理をして転倒事故を起こせば、患者さんは骨折し、あなたはインシデントレポートを書き、病棟全体がその対応に何時間も取られます。応援を呼ぶ30秒と、事故対応の数時間。どちらがチームのためになるかは明らかですよね。

実務的なコツをいくつか共有します。

① 「怖い」ではなく「客観的な条件」で伝える
「なんとなく不安で」ではなく、「体重90kg台で、昨日の立位保持が10秒でした。二人介助でお願いできますか」と言えると、相手も判断しやすく、断られにくいです。

② タイミングを設計する
移乗が必要な時間を、ラウンドや清拭のタイミングに合わせて事前に約束しておく。「10時にAさんのトイレ介助、一緒に入ってもらえますか」と朝の時点で頼んでおけば、その場で慌てずに済みます。

③ 福祉用具を使う選択肢を持つ
厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」でも、介護・看護作業における人力のみでの抱え上げは原則行わず、福祉用具を積極的に使用するという方針が示されています。

・スライディングボード:座面の高さを揃えて、座ったまま横移動。立位が取れない患者さんに有効
・スライディングシート:ベッド上での位置修正に
・移乗用ベルト(トランスファーベルト):衣服を掴む代わりに、腰部のベルトを保持。介助者の力が伝わりやすく、患者さんの皮膚も守れる
・スタンディングリフト/床走行式リフト:全介助レベルの患者さんに

「病棟にあるけど誰も使っていない」という用具、ありませんか。使い方を1回リハビリスタッフに教えてもらうだけで、その後ずっと使えます。「うちの病棟でリフトを使い始めたきっかけは、新人さんの一言だった」——そういう変化が起きることも、実際にありますよ。

④ それでも言い出しにくいときは
「一人でやってみるので、隣で見ていてもらえますか」という頼み方も有効です。技術を見てもらいながら安全も確保できるので、教育的にも意味があります。


ぴよナース

認知症があって、声かけの指示が入らない患者さんの移乗はどうすればいいですか?

あずかん

言葉で説明するより、「動作を引き出す」アプローチに切り替えると変わります。

・一度に一つの指示だけにする。「浅く座って、手をここに置いて、立ちますよ」ではなく、「浅く座りますね」→(動作完了)→「この手すりを持ってください」→(完了)→「立ちますよ」と区切る
・視覚的に示す。看護師が手すりを軽く叩いて「ここ」と示す、自分が手本を見せる
・触覚で誘導する。立ち上がりの前に、患者さんの膝を軽く前に押して前傾を促す(言葉より体が反応することがあります)
・抵抗が強いときは、いったん中止して時間をおく。無理に進めると、その患者さんにとって移乗が「怖い体験」として記憶に残り、次回以降さらに拒否が強まります
・馴染みの関係を使う。特定のスタッフや家族がいると協力が得られる場合は、その時間帯にケアを集約する

認知症の患者さんの移乗で一番よくないのは、焦って力で進めることです。時間をかけたほうが、結果的に早く安全に終わります。


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