標準予防策(スタンダードプリコーション)の手順と根拠
あずかん「感染症の診断がついている患者さんだから、ガウンとゴーグルをフル装備する」「診断がついていないから、素手で検体(血液や尿)を扱う」……もし、あなたの周りでこのような対応をしているスタッフがいたら、それは非常に危険な状態です。
臨床現場において、患者さん自身と私たち医療従事者の命を守る最大の防壁となるのが「標準予防策(スタンダード・プリコーション)」です。標準予防策は、「すべての患者の血液、体液(唾液、胸水、腹水など)、分泌物(汗を除く)、排泄物、傷のある皮膚、粘膜は、感染性があるものとして取り扱う」という世界共通の鉄則です。
診断の有無に関わらず、すべての患者さんに対して「常に・一貫して」正しい手技を実施できなければ、院内アウトブレイク(感染爆発)や、私たち自身の針刺し・粘膜曝露事故を防ぐことはできません。
今回は、忙しい業務の中でも確実に実践できるよう、教科書的なマニュアルを超えた「現場のコツ」と「科学的根拠」を結びつけた完全ガイドを紹介します。
【完全ガイド】標準予防策の手順と根拠
| 手順 | 根拠 | ここがポイント! |
|---|---|---|
| 【準備:一処置一手指衛生】 患者さんのベッドサイド(または処置室)に入る前、および患者さんの身体や周囲環境に触れる直前に、速乾性手指消毒薬をワンプッシュ(3mL:手のひらくぼむ量)手にとり、完全に乾燥するまで15〜20秒間、両手全体(特に指先、指の間、親指、手首)に擦り込む。 | 【接触感染の遮断】 目に見える汚染がない場合、アルコールによる速乾性手指消毒が最も除菌効果が高く、時間も短縮できます。消毒薬が乾く過程で細菌やウイルスのタンパク質が変性・死滅するため、生乾きの状態で次の動作に移ると十分な除菌効果が得られません。 | 【乾くまで絶対に触らない】 「擦り込む途中でパタパタ手を振って乾かす」のはNGです。消毒液の量が少なすぎると指先まで行き渡らないため、ポンプは必ず「下までしっかり押し切る」ことを習慣化してください。 |
| 【個人防護具(PPE)の装着手順】 血液や体液の飛散が予測される処置(吸引、創傷洗浄、ルート確保など)の前に、①ガウン(エプロン) ➔ ②サージカルマスク ➔ ③ゴーグル(フェイスシールド) ➔ ④手袋の順番で装着する。手袋の袖口は、ガウンの袖口の上から覆うように被せる。 | 【清潔な状態から順に装着する】 頭部や顔面に近い、清潔に保つべき防護具(マスクやゴーグル)を最初に触れて装着し、最も汚染されやすい手袋を最後に装着することで、防護具の内側や自身の粘膜に近い部分への交差感染を防ぎます。手袋の袖口をガウンの上から被せるのは、手首の皮膚露出を防ぎ、隙間からの体液流入を阻止するためです。 | 【マスクの密着性を確認!】 マスクのノーズフィッターは両手の指で鼻のラインに沿ってM字に曲げ、顎の下までしっかり引き下げて「隙間」をなくします。息を吐いたときに目の周りから空気が抜けるようでは、ゴーグルが曇るだけでなく飛沫を防げません。 |
| 【処置の実施:鋭利物の取り扱い】 注射針やメスを使用後、絶対にリキャップ(針にキャップを戻す行為)をせず、針付き注射器は使用したその場で、ベッドサイドに持参した耐貫通性廃棄容器(シャープスコンテナ)に直接廃棄する。 | 【針刺し事故の根絶】 医療従事者の血液媒介病原体(HBV、HCV、HIVなど)の職業感染ルートの大部分は、リキャップ時や廃棄場所への持ち運び時に発生する針刺し事故です。使用した瞬間に、その場で手を離して廃棄できる環境(ポイント・オブ・ケア)を作ることが鉄則です。 | 【絶対にやってはいけない禁忌】 ・廃棄容器が「8割(8分目)」まで満たされていたら、絶対にそれ以上押し込んではいけません。針先が跳ね返って指を刺す事故に直結します。 ・トレイの中に使用済みの裸の針を放置して持ち歩くのも絶対に禁止です。 |
| 【個人防護具(PPE)の脱衣手順】 処置終了後、患者さんのベッドサイド(汚染区域内)で、①手袋 ➔ ②ガウン(エプロン) ➔ ③手指衛生 ➔ ④ゴーグル ➔ ⑤マスクの順番で外す。手袋とガウンを外した直後の「手指衛生」は必須。マスクは病室を出た直後(清潔区域)で外す。 | 【汚染の拡散・自己感染の防止】 最も汚染度の高い手袋を最初に外します。手袋の外側(汚染面)に触れないよう、片手の手袋の裾をつまんで裏返しながら脱ぎ、脱いだ手袋をもう片方の手で握り込んだ状態で、素手の手指を手袋の内側(清潔面)に滑り込ませて裏返しつつ脱ぎます。ガウンを脱ぐ際も、汚染された外側が内側に巻き込まれるようにロール状に丸めて破棄します。 | 【外す時の手順ミスが最大の感染源】 防護具を脱ぐ際、自分のユニフォームや顔面・首に汚染面が接触することが最も多いトラブルです。1つの防護具を外すごとに、必要に応じて「1秒アルコール消毒」を挟むと、自己感染リスクを極めて低く抑えられます。 |
| 【後片付け・環境クロス消毒】 防護具をすべて廃棄後、速やかに流水と石鹸による手洗い、またはアルコール手指衛生を行う。患者周囲のオーバーテーブルやベッドサイドレールなど、高頻度接触表面を、環境除菌ワイパー(第四級アンモニウム塩や加速化過酸化水素などを含むクロス)を用いて「一方向」に拭き上げる。 | 【環境を介した間接接触感染の予防】 処置中に目に見えない微小な飛沫や触れた手が、患者の周囲環境を汚染しています。クロスで円を描くように往復拭きすると、一度回収した菌を別の場所に塗り広げる(交差汚染)ことになるため、「奥から手前へ一方向」に引き拭くのが原則です。 | 【処置後の手洗いはサボらない】 「手袋をしていたから手は汚れていない」と勘違いしがちですが、手袋には目に見えない微小なピンホール(穴)が存在することがあり、着脱時にも必ず皮膚が汚染されます。「手袋を外したら、必ず手指衛生」をセットで記憶してください。 |
よくあるトラブル・疑問(Q&A)



Q. 「多剤耐性菌(MRSAやAMR)の患者さんだからガウンを着る」と指導されましたが、標準予防策と接触感染予防策の違いがごちゃ混ぜになってしまいます。どう整理すれば良いですか?



A. 「体液に触れる予測(標準予防策)」か、「その病原体特有の感染経路(感染経路別予防策)」かで判断します。
標準予防策は、患者さんの「疾患名」に関係なく実施するものです。例えば、一般の患者さんであっても、大量の胸水穿刺や血液が飛び散る処置をするなら、ガウンとゴーグルを着用します。これが標準予防策です。
一方、MRSAなどの多剤耐性菌やノロウイルスなど、特定の感染症を保持している患者さんの場合、標準的な処置(オムツ交換や体位変換など、通常ならガウンが不要な処置)であっても、環境中に病原体が多く存在するため、ガウンや手袋を着用します。これが「接触感染予防策(感染経路別予防策)」です。
「標準予防策は全員ベースライン」「感染経路別予防策は特定の病原体に対するプラスアルファの武装」と整理すると、臨床での迷いがなくなりますよ。



Q. 認知症の患者さんが急に嘔吐しました。急いで処理しなければなりませんが、PPE(個人防護具)を取りに行く時間がありません。どう対応すべきですか?



A. どんなに急いでいても、「手ぶら(無防護)での突入」は絶対に避けてください。
目の前で患者さんが嘔吐すると、慌てて素手で受け止めようとしたり、そのまま近づいて背中をさすったりしてしまいがちですが、これは医療安全上、重大なNG行動です。その嘔吐物がノロウイルスや高病原性インフルエンザ、血液媒介感染症を含んでいる可能性があるからです。
二次感染を媒介して病棟全体に広げてしまえば、さらに多くの患者さんを危険に晒すことになります。
病棟の廊下や詰所に常備されている「嘔吐物処理キット(あるいはエプロン・手袋・マスクのセット)」をサッと手に取り、装着にかかるわずか「10秒」を惜しまない判断力こそが、ベテランと新人を分けるプロの安全意識です。