
大腿骨近位端骨折は、高齢者の転倒によって発生する最も代表的な骨折の一つです。この骨折をきっかけに患者さんのADLやQOLが大きく低下し、寝たきりにつながることも少なくありません。そのため、迅速な治療と、合併症を予防し早期離床を促す周術期看護が極めて重要になります。この記事では、大腿骨近位端骨折の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説します。
大腿骨頸部骨折と大腿骨転子部骨折の違い


- 大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)
- 股関節の関節包という袋の内側で骨折する「関節内骨折」である。
- この部位は血行が乏しいため、骨がつきにくい(偽関節)だけでなく、骨折によって大腿骨頭への血流が途絶え、骨頭が壊死してしまう「大腿骨頭壊死」を起こすリスクが高いのが特徴。
- この血行障害のリスクのため、治療法の選択が重要にとなる。
- 大腿骨転子部骨折(だいたいこつてんしぶこっせつ)
- 関節包の外側で骨折する「関節外骨折」である。
- この部位はスポンジ状の海綿骨が豊富で血行が良いため、骨は比較的つきやすい。
- しかし、骨折時の出血量が多くなりやすく、貧血や全身状態の悪化を招きやすいのが特徴。
特徴 | 大腿骨頸部骨折 | 大腿骨転子部 |
骨折部位 | 骨頭と転子部の間 | 頸部のすぐ下 |
関節包との関係 | 関節包内骨折が多い | 関節内包外骨折が多い |
骨癒合 | 難しい | 比較的良好 |
出血量 | 比較的少ない | 多い傾向 |
好発年齢 | やや若年高齢者 | より高齢者 |
転位の方向 | 転位が少ないこともあれば、 大きく転位することもある | 転位しやすい |
大腿骨頸部骨折の骨癒合がむずかしい理由
血行供給の乏しさ
大腿骨頸部は、骨頭への血行供給が主に骨頭円靭帯内の血管や関節包外からの血管によって行われているが、頸部で骨折すると、これらの血管が損傷されやすく、骨折部への血行が悪くなる。血行が悪いと、骨の修復に必要な酸素や栄養が十分に供給されず、骨癒合が進みにくくなる。
関節液の影響
関節包内の骨折であるため、関節液が骨折部に入り込みやすいく、関節液には骨の修復を妨げる酵素などが含まれており、骨癒合を阻害する可能性がある。
不安定性
骨折部の固定が難しい場合や、骨粗鬆症などで骨が脆くなっている場合、骨折部が不安定になりやすく、これも骨癒合を妨げる要因となる。
これらの理由から、大腿骨頸部骨折では、骨癒合が得られずに骨頭が壊死(無腐性骨頭壊死)したり、偽関節(骨折部がくっつかない状態)になったりするリスクが高くなる。
カットアウトとは
カットアウト(Cut-out)とは、主に大腿骨転子部骨折に対する内固定術(骨折部を金属のプレートやスクリューで固定する手術)の合併症のことで、挿入したスクリューやピンなどが、骨からずれたり突き抜けたりしてしまう現象を指す。
これは、骨粗鬆症で骨が脆くなっている場合や、骨折の形態、スクリューの固定位置の不適切さなどが原因で発生する。カットアウトが起こると、骨折部の固定が不安定になり、骨癒合が得られなかったり、再手術が必要になったりする可能性がある。
大腿骨近位部骨折に対して、術後の早期離床・早期荷重が最重要であるが、大腿骨転子部骨折では、骨折型が不安定な場合やうまく手術ができていない場合に早期荷重を行うと、カットアウトを生じしやすくなる。この場合には、荷重を早くさせたいができないというジレンマに陥ることがある。
診断・治療
診断
問診・視診・触診
転倒などの受傷機転、疼痛の部位や程度、患肢の変形や短縮、外旋(足先が外側を向く)などの有無を確認する。
X線検査
最も基本的な検査で、骨折の有無や部位、骨折型、転位の程度などを評価する。
CT検査
X線では分かりにくい複雑な骨折や、骨折部の詳細な評価が必要な場合に用いられる。
MRI検査
骨挫傷や不全骨折など、X線では診断が難しい場合に有用で、骨頭壊死の評価にも用いられる。
これらの診断検査と、患者の年齢・全身状態・骨折部位や転位の程度などを考慮して、治療方法が決定される。
ごく稀に、非転位型の大腿骨頸部骨折などで、全身状態が悪く手術が困難な場合などに、保存療法が選択されることがある。ベッド上安静や牽引などを行うが、長期臥床による合併症リスクが高いため積極的には行われない。
大腿骨頸部骨折
転位が小さい場合の手術
ハンソンピン:ピンを2本入れ、ピンの先端からフックを出し回らないようにする
スクリュー(CCS):中空性のスクリューを3本入れる
プレート(SHS):細い中空スクリューを2~3本、あるいは太いスクリューを1本入れる。最大の特徴はプレートと連結してスクリューが固定される
転位が大きい場合
人工骨頭置換術(BHA):人工材料で大腿骨頭と頸部を置換する
大腿骨転子部骨折


髄内釘(γネイル)
短い髄内釘と太いスクリュー(ラグ・スクリュー)で固定する。固定力が高く、手術時間が短いため現在の主流
プレート(SHS)
サイド・プレートと太いラグ・スクリューで固定する。治療成績は髄内釘と比べても遜色ないが、最近は使われなくなってきている
看護のポイント
疼痛管理
骨折による疼痛は強く、患者さんのADLや精神状態に大きな影響を与えるため、医師の指示に基づき、適切な鎮痛剤の使用や、体位変換、ポジショニングなどで疼痛緩和に努める。特に術後は、手術創の疼痛やリハビリテーションによる疼痛あるため、疼痛コントロールは重要となってくる。
深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症
長期臥床や手術侵襲によりリスクが高まる。弾性ストッキングの着用、フットポンプの使用、早期からの下肢の運動、抗凝固薬の使用などで予防に努めながら、日々の観察で、下肢の腫脹、疼痛、発赤、呼吸困難、胸痛などの症状に注意していく。
肺炎
臥床による換気量の低下や誤嚥によりリスクが高まるため、体位変換、深呼吸の促し、口腔ケア、離床の促進などで予防に努める。発熱、咳、痰などの症状に注意して観察する。
褥瘡
臥床や栄養状態の低下によりリスクが高まるため、定期的な体位変換、除圧マットの使用、スキンケア、栄養状態の改善などで予防に努める。発赤、皮膚の損傷などに注意して観察する。
せん妄
環境の変化、疼痛、睡眠不足、薬剤の影響などにより起こりやすい。患者が安心して過ごせる環境整備、声かけ、見当識障害への援助、睡眠の確保などで予防・対応し、言動の変化や幻覚などに注意して観察する。
栄養管理
手術侵襲や臥床により、食欲不振や栄養状態の悪化が起こりやすい。患者の嗜好を考慮した食事提供、摂取量の観察、必要に応じて栄養補助食品の活用などを行う。良好な栄養状態は、骨癒合やリハビリテーションの進行にも重要となってくる。
尿路感染症
導尿や排泄ケアの困難さから起こりやすいため、清潔な排泄ケア、水分摂取の促しなどで予防に努める。排尿時の疼痛、頻尿、尿の混濁などに注意して観察する。
排泄ケア
疼痛やADLの制限により、排泄が困難になることがある。ポータブルトイレの使用、おむつ交換、必要に応じて導尿などで対応し、羞恥心に配慮し、尊厳を守ったケアを心がける。
早期離床・リハビリテーションの支援
術後早期からの離床とリハビリテーションは、ADLの回復や合併症予防のために非常に重要である。医師や理学療法士、作業療法士と連携し、患者の状態に合わせた離床の介助や、リハビリテーションへの意欲を高める声かけ、環境調整などを行う。
ADLの維持・拡大
骨折前のADLを把握し、可能な範囲で自分でできることは行ってもらうように促す。必要に応じて、自助具の活用や環境調整を行っていく。
精神的ケア
突然の骨折や手術、ADLの変化は、患者に大きな精神的負担を与えるため、不安や落ち込みに寄り添い、傾聴する時間を持っていく。またリハビリテーションの目標設定や達成を支援し、前向きな気持ちを引き出せるように援助する。
家族への支援
患者だけでなく、介護する家族も精神的、肉体的に負担を抱えることがあるため、疾患や治療、今後の見通しについて分かりやすく説明し、相談に応じる。特に、退院後の生活に向けて、介護保険サービスの利用などに関する情報提供も行っていく。
退院支援
退院後の生活を見据え、ADLレベルや介護状況を把握し、自宅環境の調整や、介護保険サービスの導入について、ケアマネジャーやソーシャルワーカーと連携して支援する。患者や家族へ転倒予防のための指導も重要となってくる。



