
浮腫とは、細胞と細胞の間のスペースである「間質(かんしつ)」に過剰な水分が貯留した状態を指し、一般的には「むくみ」とも呼ばれます。
この記事では、浮腫について詳しく解説していきます。
① 病態生理:なぜ間質に水分がたまるの?
私たちの体の中には、血液やリンパ液が流れており、常に水分や栄養素、老廃物などをやり取りしています。このやり取りがうまくいかなくなることで、浮腫は起こります。病態生理を理解するためには、以下の3つの要素が重要です。
スターリングの法則(毛細血管での水分移動)
血管から間質への水分移動は、「スターリングの法則」というメカニズムで説明されます。これは、血管内の圧力(静水圧)と、血液中のタンパク質(主にアルブミン)による浸透圧(膠質浸透圧)、そして間質の静水圧と膠質浸透圧のバランスによって決まります。
①血管内静水圧
血液が血管壁を押す力です。この圧力が高いと、血管から水分が押し出されやすくなります。
②血管内膠質浸透圧
血液中のアルブミンなどのタンパク質が水分を引き付ける力です。この圧力が低いと、血管内に水分を保持する力が弱まり、血管外へ水分が漏れやすくなります。
③間質静水圧
間質の圧力が高いと、血管からの水分移動が抑制されます。
④間質膠質浸透圧
間質にタンパク質などが多いと、間質に水分が引き付けられやすくなります。
通常は、動脈側で血管内静水圧が高く水分が血管から間質へ移動し、静脈側で血管内膠質浸透圧が高く間質から血管へ水分が戻るというバランスで保たれています。しかし、このバランスが崩れると、間質への水分貯留が起こります。
リンパ系の働き
間質に移動した水分やタンパク質の一部は、リンパ管によって回収され、最終的に血管に戻されます。リンパ管は、間質の過剰な水分や老廃物を除去する役割を担っています。このリンパの流れが滞ると、間質に水分やタンパク質が蓄積し、浮腫を引き起こします。
ナトリウムと水分の調節
体内の水分量は、主に腎臓によって調節されています。腎臓は、ナトリウム(塩分)の排泄量をコントロールすることで、水分の再吸収量を調整しています。ナトリウムを多く摂取すると、体内からナトリウムを排泄しようとする働きが起こり、その際に水分も一緒に排泄されます。しかし、腎臓の機能が低下したり、特定のホルモン(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系など)のバランスが崩れたりすると、ナトリウムと水分の排泄がうまくいかなくなり、体内に水分が貯留して浮腫を引き起こします。
まとめると、浮腫の病態生理は以下のいずれかまたは複数の要因によって起こります。
血管内静水圧の上昇: 血管から間質への水分押し出しが増える。
血管内膠質浸透圧の低下: 血管内に水分を保持する力が弱まる。
間質膠質浸透圧の上昇: 間質に水分が引き付けられやすくなる。
リンパ流の障害: 間質の過剰な水分やタンパク質が回収されない。
ナトリウムと水分の貯留: 体内の水分量が増加する。
② 浮腫の原因または考えられる疾患
浮腫は様々な原因で起こり得ます。大きく分けて全身性の浮腫と局所性の浮腫があります。
全身性の浮腫
全身の様々な部位に浮腫が現れるものです。体の水分バランスや循環系に問題がある場合が多いです。
心疾患
心臓のポンプ機能が低下すると、全身への血流が悪くなり、特に下肢に血液がうっ滞しやすくなります。これにより血管内静水圧が上昇し、水分が血管外へ漏れやすくなります(例:心不全)。
腎疾患
腎臓の機能が低下すると、ナトリウムや水分の排泄がうまくいかなくなり、体内に水分が貯留します。また、ネフローゼ症候群のように、腎臓からタンパク質(アルブミン)が漏れ出てしまう病気では、血管内膠質浸透圧が低下し、浮腫を引き起こします(例:慢性腎臓病、ネフローゼ症候群)。
肝疾患
肝臓はアルブミンなどのタンパク質を合成する重要な臓器です。肝機能が低下すると、アルブミンの合成量が減少し、血管内膠質浸透圧が低下します。また、肝硬変などでは門脈圧が上昇し、腹水(お腹に水がたまる)や下肢の浮腫を引き起こします(例:肝硬変)。
内分泌疾患
甲状腺機能低下症では、間質にヒアルロン酸などのムコ多糖類が蓄積し、水分を引き付けて浮腫を引き起こすことがあります(粘液水腫)。
低栄養
食事からのタンパク質摂取が不足したり、消化吸収が悪かったりすると、アルブミンの合成量が減少し、血管内膠質浸透圧が低下して浮腫を起こすことがあります。
薬剤性
一部の薬剤(降圧薬、ステロイドなど)の副作用として、ナトリウムや水分の貯留が起こり浮腫を引き起こすことがあります。
特発性浮腫
原因がはっきりしない浮腫で、特に女性に多く見られます。
局所性の浮腫
体の一部分にのみ浮腫が現れるものです。その部位の循環やリンパ系に問題がある場合が多いです。
静脈瘤
下肢の静脈の弁が壊れ、血液が逆流してうっ滞することで、血管内静水圧が上昇し、下肢に浮腫を引き起こします。
深部静脈血栓症 (DVT)
下肢などの静脈に血栓ができ、血液の流れが遮断されることで、血栓より末梢側に血液がうっ滞し、強い浮腫や痛みが生じます。緊急性の高い疾患です。
リンパ浮腫
手術(特に乳がんや婦人科がんの手術でリンパ節を切除した場合)や放射線治療などにより、リンパ管が損傷したり閉塞したりすることで、リンパ液の流れが滞り、その部位に浮腫が生じます。感染や炎症、先天的なリンパ管の異常でも起こり得ます。
炎症
蜂窩織炎(細菌感染による皮膚の炎症)や関節炎など、局所的な炎症が起こると、血管透過性が亢進し、水分やタンパク質が血管外へ漏れやすくなり、その部位が腫れて浮腫を起こします。
アレルギー反応
蜂に刺されたり、特定の食物を摂取したりすることで起こるアレルギー反応(アナフィラキシーなど)では、ヒスタミンなどの物質が放出され、血管透過性が亢進し、局所的または全身性に浮腫を引き起こすことがあります(血管性浮腫など)。
外傷
打撲や骨折などの外傷により、組織が損傷し炎症が起こることで、浮腫が生じます。
③ 診断方法
浮腫の診断は、問診、身体診察、そして様々な検査を組み合わせて行われます。
- 問診
いつから、どのくらいの範囲で、どのような時に(朝、夕方、寝る前など)浮腫が現れるか、痛みや他の症状(息切れ、倦怠感など)はあるか、既往歴(心臓病、腎臓病、肝臓病など)、服用している薬剤などを詳しく聞きます。 - 身体診察
浮腫の部位、硬さ、圧痕(指で押した時にへこみが残るかどうか)などを観察します。全身性の浮腫か局所性の浮腫か、左右差があるかなども重要な情報です。心音や呼吸音の聴診、腹部の触診なども行い、関連する臓器の異常がないかを確認します。 - 血液検査
- 血中アルブミン値: 血管内膠質浸透圧の指標となります。低値の場合は、肝機能障害や栄養不足、ネフローゼ症候群などが考えられます。
- 腎機能検査(クレアチニン、尿素窒素など): 腎臓の働きを評価します。
- 肝機能検査(ALT, AST, γ-GTPなど): 肝臓の働きを評価します。
- 心臓関連のマーカー(BNPなど): 心不全の診断に役立ちます。
- 甲状腺ホルモン: 甲状腺機能低下症の診断に用います。
- 電解質(ナトリウム、カリウムなど): 体内の水分・電解質バランスを評価します。
- 尿検査
- 尿蛋白: 腎臓からのタンパク質の漏出がないか調べます。ネフローゼ症候群などで重要です。
- 尿量: 体内の水分バランスを評価します。
- 画像検査
- 胸部X線検査: 心拡大や肺うっ血など、心臓や肺の状態を評価します。
- 心臓超音波検査(心エコー): 心臓の大きさや動き、弁の状態などを詳しく調べ、心機能の評価を行います。
- 腹部超音波検査: 肝臓、腎臓、膵臓などの状態や腹水の有無を調べます。
- 下肢静脈超音波検査: 下肢の静脈に血栓がないか、静脈の弁に異常がないかなどを調べます。
- CT検査、MRI検査: 必要に応じて、より詳細な臓器の状態やリンパ管の異常などを調べます。
- 心電図
心臓のリズムや興奮伝導に異常がないか調べます。 - リンパシンチグラフィー
リンパ管の流れを調べる検査で、リンパ浮腫の診断に用いられます。
これらの検査結果を総合的に判断し、浮腫の原因となっている疾患を特定します。
④ 治療法・対症療法
浮腫の治療は、その原因となっている疾患の治療が最も重要です。原因疾患が改善すれば、浮腫も軽減することが多いです。同時に、浮腫そのものを軽減するための対症療法も行われます。
原因疾患の治療
- 心疾患
心不全に対しては、心臓の働きを助ける薬(強心薬)、体内の余分な水分を排泄する薬(利尿薬)、血圧を下げる薬などが用いられます。 - 腎疾患
腎機能に応じて、食事療法(塩分・水分制限、タンパク質制限など)、薬物療法(血圧コントロール薬、利尿薬など)、透析療法などが検討されます。ネフローゼ症候群に対しては、ステロイド薬や免疫抑制剤などが用いられることがあります。 - 肝疾患
食事療法、薬物療法、原因ウイルスに対する治療などが行われます。腹水に対しては、利尿薬や腹水穿刺が行われることがあります。 - 内分泌疾患
甲状腺機能低下症に対しては、甲状腺ホルモン薬が投与されます。 - 深部静脈血栓症 (DVT)
抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)による治療が中心となります。必要に応じて血栓を溶かす薬(血栓溶解薬)やカテーテルによる治療が行われることもあります。 - リンパ浮腫
保存的療法が中心となります。後述の対症療法が重要です。
対症療法
原因疾患の治療と並行して、浮腫による苦痛を和らげ、生活の質を向上させるための治療が行われます。
- 安静・挙上
浮腫のある部位(特に下肢)を高くして休むことで、重力により水分が戻りやすくなり、浮腫の軽減につながります。 - 圧迫療法
弾性ストッキングや弾性包帯を用いて、外部から適度な圧力をかけることで、間質への水分貯留を抑制し、血管やリンパ管への水分の戻りを促進します。リンパ浮腫の治療において非常に重要です。 - 薬物療法
- 利尿薬: 腎臓に働きかけ、尿量を増やして体内の余分な水分やナトリウムを排泄させます。心不全や腎疾患、肝疾患に伴う浮腫によく用いられますが、脱水や電解質異常に注意が必要です。
- アルブミン製剤の投与: 血中アルブミン値が著しく低い場合に、血管内膠質浸透圧を上昇させる目的で投与されることがありますが、効果は一時的であることが多いです。
- マッサージ
リンパドレナージなど、リンパの流れを促進するためのマッサージが行われることがあります。特にリンパ浮腫の治療で有効です。 - 運動
適度な運動は、筋ポンプ作用により血行やリンパ流を改善し、浮腫の軽減に役立ちます。 - 食事療法
原因疾患によりますが、一般的に塩分制限は体内の水分貯留を防ぐ上で重要です。腎臓病や肝臓病では、水分摂取量の制限が必要となる場合もあります。 - スキントラブルの予防とケア
浮腫のある皮膚は脆弱になりやすく、感染を起こしやすいです。保湿や清潔保持に努め、傷を作らないように注意が必要です。
看護におけるポイント
看護師は、浮腫のある患者さんに対して、病態生理に基づいた適切なケアを提供することが求められます。
- 浮腫の観察
浮腫の部位、程度、圧痕の有無、左右差、時間帯による変化などを注意深く観察し、記録します。 - 体重測定
体内の水分量の変化を知る上で重要な指標です。毎日決まった時間に、同じ条件で測定します。 - バイタルサインの測定
血圧、脈拍、呼吸数などを測定し、全身状態の変化を把握します。心不全などでは、血圧低下や頻脈、呼吸困難などが現れることがあります。 - 水分出納バランスの記録
摂取水分量と排泄水分量(尿量、便量、嘔吐量など)を記録し、体内の水分バランスを評価します。 - 食事・水分制限の遵守の支援
医師の指示に基づいた食事や水分制限を患者さんが理解し、遵守できるよう支援します。 - 安静・挙上の支援
安楽な姿勢で、浮腫のある部位を挙上できるようにサポートします。 - 圧迫療法の指導と管理
弾性ストッキングや弾性包帯の適切な使用方法や、装着時の注意点などを指導します。皮膚の状態を観察し、スキントラブルの早期発見に努めます。 - スキントラブルの予防とケア
保湿剤の使用、爪を短く切る、清潔保持など、スキントラブルを予防するためのケアを行います。発赤や熱感、痛みを伴う場合は感染の可能性を疑い、医師に報告します。 - 症状の緩和
浮腫に伴う不快感や痛みを和らげるためのケアを行います。 - 患者教育
浮腫の原因、治療法、自己管理の重要性について、患者さんやご家族が理解できるよう分かりやすく説明します。日常生活における注意点(長時間の立位・座位を避ける、適度な運動など)についても指導します。 - 精神的なサポート
浮腫は見た目の変化や身体的な苦痛を伴い、患者さんの精神的な負担となることがあります。患者さんの気持ちに寄り添い、傾聴することで、精神的なサポートを行います。

