浮腫について

あずかん

浮腫(edema)は、臨床で非常に頻繁に遭遇する症状の一つです。患者のQOLを大きく低下させるだけでなく、心不全や腎不全、肝硬変といった重篤な疾患のサインであることも少なくありません。この記事では、浮腫の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説します。

目次

浮腫とは

浮腫とは、間質液(組織間液)が異常に増加した状態を指します。私たちの体内の水分は、細胞内液と細胞外液に分かれ、細胞外液はさらに血液(血漿)と間質液に分けられます。通常、毛細血管内外の水分移動は、以下の4つの圧力のバランスによって絶妙に調節されています。これを「スターリングの法則」と呼びます。

  1. 毛細血管静水圧: 血管内から血管外へ水分を押し出す力
  2. 間質静水圧: 血管外から血管内へ水分を押し戻す力
  3. 血漿膠質浸透圧: アルブミンなどのタンパク質が水分を血管内に引き込む力
  4. 間質膠質浸透圧: 間質液中のタンパク質が水分を血管外に引き出す力

浮腫は、このスターリングの法則のバランスが崩れ、血管内から間質への水分の濾過量が、間質から血管・リンパ管への再吸収量を上回ることで発生します。

主な発生メカニズムは以下の通りです。

  • 毛細血管静水圧の上昇
    • 心不全によるうっ血、深部静脈血栓症など、静脈圧が上昇すると、血管内から水分が漏れ出しやすくなります。
  • 血漿膠質浸透圧の低下
    • ネフローゼ症候群(尿中へのタンパク喪失)や肝硬変(アルブミン合成能低下)、低栄養状態などで血中のアルブミンが減少すると、水分を血管内に保持する力が弱まります。
  • 血管透過性の亢進
    • 炎症、アレルギー反応、熱傷などにより、血管壁のバリア機能が損なわれ、タンパク質を含む水分が間質へ漏出しやすくなります。
  • リンパ管の閉塞・機能不全
    • がんの手術によるリンパ節郭清や放射線治療後、感染などによりリンパの流れが滞ると、間質液の回収ができなくなり、浮腫(リンパ浮腫)が生じます。

浮腫の分類

分布による分類

  • 全身性浮腫
    • 心不全、腎不全、肝硬変、ネフローゼ症候群、低栄養状態など、全身的な要因によって生じます。
    • 重力の影響を受けやすく、立位や座位では下腿に、臥位では仙骨部や背部に出現しやすいのが特徴です。
  • 局所性浮腫
    • 特定の部位の静脈やリンパ管の障害、炎症などによって生じます。
    • 深部静脈血栓症による片側下肢の浮腫、リンパ浮腫、炎症性浮腫(虫刺されなど)、血管性浮腫(クインケ浮腫)など。

性状による分類

  • 圧痕性浮腫
    • 浮腫の部分を指で圧迫すると、へこみ(圧痕)が残るタイプの浮腫。
    • 主に間質液の過剰な貯留が原因で、心性浮腫や腎性浮腫でよく見られます。
  • 非圧痕性浮腫
    • 指で圧迫しても圧痕が残らない、硬い浮腫。
    • リンパ浮腫や甲状腺機能低下症(粘液水腫)で見られ、タンパク質濃度が高い間質液やムコ多糖類の沈着が原因です。

浮腫の主な原因疾患

浮腫をきたす代表的な疾患は以下の通りです。アセスメントの際には、これらの疾患の可能性を念頭に置くことが重要です。

原因分類代表的な疾患・状態主なメカニズム
心性浮腫うっ血性心不全右心不全による静脈圧の上昇、心拍出量低下によるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAA系)の賦活化
腎性浮腫ネフローゼ症候群、急性・慢性腎不全尿中へのアルブミン大量喪失による血漿膠質浸透圧の低下、水分・ナトリウムの排泄障害
肝性浮腫肝硬変アルブミン合成能低下による血漿膠質浸透圧の低下、門脈圧亢進
内分泌性浮腫甲状腺機能低下症(粘液水腫)、月経前症候群ムコ多糖類の沈着、ホルモンバランスの変動
栄養性浮腫低栄養、るいそう(痩せ)タンパク質摂取不足による低アルブミン血症
静脈性浮腫深部静脈血栓症、下肢静脈瘤静脈の閉塞やうっ血による静水圧の上昇
リンパ浮腫乳がん・子宮がん術後のリンパ節郭清、放射線治療リンパ管の閉塞・機能不全による間質液の回収障害
炎症性浮腫感染、外傷、熱傷、アレルギー血管透過性の亢進
薬剤性浮腫カルシウム拮抗薬、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、ステロイド血管拡張作用、腎臓での水分・ナトリウム貯留

治療・対症療法

浮腫の治療は、原因疾患の治療が基本となります。それに加え、症状緩和のための対症療法が行われます。

  1. 原因疾患の治療
    • 心不全に対する強心薬や血管拡張薬の投与。
    • 腎不全に対する透析療法。
    • 肝硬変に対する原因治療や合併症管理。
  2. 薬物療法
    • 利尿薬: 尿量を増やし、体内の過剰な水分とナトリウムを排泄させることで浮腫を軽減します。ループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬、カリウム保持性利尿薬など、病態に応じて使い分けられます。
  3. 食事療法
    • 塩分制限: ナトリウムは体内に水分を引き込む性質があるため、塩分摂取を制限(通常1日6g未満など)することが極めて重要です。
    • 水分制限: 重度の浮腫や低ナトリウム血症がある場合に指示されることがあります。
    • タンパク質の管理: ネフローゼ症候群では適切なタンパク質摂取が必要ですが、腎機能が低下している場合は制限が必要になることもあります。
  4. 理学療法・生活指導
    • 患肢の挙上: 重力の影響を軽減するため、下肢に浮腫がある場合は臥床時や座位時にクッションなどを用いて心臓より高い位置に保ちます。
    • 弾性ストッキング・弾性包帯の着用: 外部から圧迫を加えることで、間質への水分漏出を抑制し、静脈還流を促進します。
    • 運動療法: 「ふくらはぎの筋肉は第二の心臓」とも言われます。足関節の運動など、筋ポンプ作用を活性化させ、血流を改善します。
    • スキンケア: 浮腫のある皮膚は脆弱で損傷しやすいため、保湿と清潔を保ちます。

看護のポイント

1. アセスメント

  • バイタルサイン
    体重、血圧、脈拍、呼吸状態を注意深く観察します。特に体重の増減は体液量を反映する最も客観的な指標です。
  • IN-OUTバランス
    飲水量、食事水分量、輸液量(IN)と、尿量、不感蒸泄、排液量(OUT)を正確に測定し、バランスを評価します。
  • 浮腫の観察
    • 部位: 全身性か局所性か。左右差はあるか。臥床患者では仙骨部や背部の確認を忘れない。
    • 程度: 圧痕の深さや回復時間で評価(GCSのように標準化されたスケールはないが、「軽度・中等度・高度」や圧痕の深さ(mm)で記録)。下腿周径の測定も有効。
    • 皮膚の状態: 皮膚の菲薄化、乾燥、亀裂、色調変化、びらん、潰瘍の有無。
  • 随伴症状の確認
    呼吸困難(肺水腫の可能性)、腹部膨満(腹水)、尿量減少、倦怠感、食欲不振などの有無を確認します。
  • 検査データ
    血中アルブミン値(Alb)、クレアチニン(Cre)、BUN、電解質(Na, K)、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)などのデータをモニタリングし、病態と関連付けます。

2. 看護ケア

  • 安楽な体位の工夫と排痰援助
    • 呼吸困難がある場合は、セミファーラー位やファーラー位をとり、呼吸を楽にします。必要に応じて酸素投与や体位ドレナージ、スクイージングによる排痰援助を行います。
  • 確実な薬物療法の実施
    • 利尿薬の投与時間(午前中に投与することが多い)や、副作用(電解質異常、脱水、血圧低下)のモニタリングを行います。
  • 食事・水分管理の援助
    • 塩分・水分制限の必要性を患者さんに分かりやすく説明し、自己管理できるよう支援します。食事摂取量が少ない場合は、栄養補助食品の活用も検討します。
  • スキンケアと皮膚トラブルの予防
    • 浮腫のある皮膚は非常にデリケートです。清潔を保ち、保湿剤で保護します。
    • 摩擦や圧迫を避けるため、しわのない寝衣を着用させ、体位交換は慎重に行います。
    • 弾性ストッキング着用時は、しわやずれがないか、血行障害を起こしていないか定期的に確認します。
  • 転倒・転落防止
    • 下肢の浮腫は歩行を不安定にし、利尿薬による頻尿や起立性低血圧も重なり、転倒リスクが高まります。療養環境の整備や移動時の見守り・介助が重要です。
  • 精神的支援とセルフケア指導
    • 見た目の変化や食事制限、活動制限は患者にとって大きなストレスです。不安や苦痛を傾聴し、精神的に支えます。
    • 退院後も自己管理が継続できるよう、体重測定、食事管理、内服管理、症状悪化時の受診のタイミングなどについて、患者や家族の理解度に合わせて具体的に指導します。

参考資料
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次