ボツリヌス菌食中毒について

ボツリヌス菌食中毒の病態生理から看護のポイントまで

あずかん

ボツリヌス菌食中毒は、致死率が高い神経系の疾患であり、看護師としてその病態や症状、治療法、そして看護のポイントを深く理解しておくことが重要です。この記事では、ボツリヌス菌食中毒について、分かりやすく解説します。


最新のニュース

2025年1月から2月にかけて、新潟市で50代の女性がボツリヌス菌による食中毒を発症し、重症となる事例が報告されました。原因は、要冷蔵と表示されている市販の総菜を、常温で約2か月間保管した後に食べたこととみられています。女性は全身に麻痺症状が現れ、人工呼吸器を装着して治療を受けていると報道されています。

ボツリヌス菌による食中毒…50代女性が全身マヒの症状で入院中 “密封”の総菜を約2か月常温保管(2025年2月11日掲載)|日テレNEWS NNN

真空パック、缶詰、発酵食品…身近な食品に潜む”サリンを超える毒性”!ボツリヌス菌から命を守る方法(FRIDAY) – Yahoo!ニュース

目次

ボツリヌス菌食中毒とは

ボツリヌス菌食中毒は、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が産生するボツリヌス毒素(Botulinum toxin)によって引き起こされます。この毒素は、現在知られている自然界の毒素の中で最も強力な神経毒素の一つです。

主な病態生理のポイントは以下の通りです。

神経筋接合部への作用
ボツリヌス毒素は、末梢神経の神経筋接合部に作用します。
アセチルコリン放出阻害
神経終末からの神経伝達物質であるアセチルコリンの放出を不可逆的に阻害します。
弛緩性麻痺
アセチルコリンは筋肉を収縮させる役割を担っているため、その放出が阻害されると、筋肉は収縮できなくなり、弛緩性麻痺が引き起こされます。この麻痺は、脳神経領域から始まり、体幹、四肢へと下降性に広がっていく特徴があります。

意識障害は通常見られず、感覚障害も伴わない点が特徴です。


ボツリヌス菌食中毒の症状

ボツリヌス毒素を摂取してから症状が現れるまでの潜伏期間は、通常12~36時間ですが、数時間から数日に及ぶこともあります。主な症状は以下の通りです。

  • 初期症状
    • 吐き気、嘔吐、下痢などの消化器症状で始まることがあります。
  • 神経症状(特徴的な症状)
    • 眼症状: 複視、眼瞼下垂、瞳孔散大、対光反射の減弱・消失などが初期に現れやすいです。
    • 球麻痺症状: 嚥下困難、構音障害、声のかすれなどが起こります。
    • 全身の弛緩性麻痺: 脱力感が頭部から始まり、首、肩、腕、そして下肢へと下降性に広がります(下降性麻痺)。
  • 重篤な症状
    • 呼吸筋麻痺: 横隔膜や肋間筋などの呼吸に関わる筋肉が麻痺すると、呼吸困難をきたします。これが最も重篤な症状であり、死因の多くを占めます。速やかに人工呼吸器による呼吸管理が必要となります。
  • その他
    • 口渇、便秘、起立性低血圧なども見られます。

ボツリヌス菌食中毒の原因

ボツリヌス菌は土壌や水中に広く存在する嫌気性菌で、熱に強い芽胞を形成します。食中毒の原因となる食品は以下の通りです。

原因食品

自家製の瓶詰・缶詰
殺菌が不十分な場合、嫌気状態となった容器内で菌が増殖し、毒素を産生します。特に、野菜、果物、肉製品などの保存食品が原因となりやすいです。
真空パック食品
いずし、辛子れんこんなどが過去に原因として報告されています。
蜂蜜
1歳未満の乳児では、腸内環境が未熟なため、蜂蜜に含まれるボツリヌス菌の芽胞が腸内で発芽・増殖し、毒素を産生して乳児ボツリヌス症を引き起こすことがあります。そのため、1歳未満の乳児に蜂蜜を与えてはいけません


治療・対症療法

ボツリヌス菌食中毒が疑われる場合、迅速な治療が予後を大きく左右します。

  • 抗毒素療法
    • 治療の基本は、血中の毒素を中和するためのボツリヌス抗毒素血清の投与です。
    • 診断が確定する前でも、臨床症状からボツリヌス菌食中毒が強く疑われる場合は、直ちに投与を開始します。
    • ウマ由来の血清であるため、投与前にアナフィラキシーショックのリスクを評価し、慎重に投与する必要があります。
  • 呼吸管理
    • 呼吸筋麻痺による呼吸不全が最も生命を脅かすため、気管挿管人工呼吸器管理が不可欠です。
    • 呼吸状態のモニタリング(SpO2、呼吸回数、努力呼吸の有無など)を密に行い、介入のタイミングを逃さないことが重要です。
  • 対症療法
    • 消化管内に残っている毒素の吸収を抑えるため、胃洗浄や活性炭の投与が行われることがあります。
    • 嚥下障害に対しては、経管栄養や中心静脈栄養による栄養管理が必要です。
    • 全身の麻痺に対しては、褥瘡予防や関節拘縮予防などのケアが重要となります。

看護のポイント

ボツリヌス菌食中毒の患者への看護は、全身状態の注意深い観察と、合併症予防が中心となります。

呼吸状態のモニタリング

呼吸困難の兆候(呼吸回数の変化、SpO2の低下、努力呼吸、鼻翼呼吸など)を注意深く観察し、異常の早期発見に努めます。
人工呼吸器装着中は、適切に管理し、合併症(人工呼吸器関連肺炎など)の予防を行います。

嚥下障害へのケア

誤嚥のリスクが非常に高いため、経口摂取は禁忌です。
口腔ケアを頻回に行い、口腔内の清潔を保ち、誤嚥性肺炎を予防します。
経管栄養の際は、胃管の適切な位置を確認し、嘔吐や逆流に注意します。

コミュニケーションの確保

構音障害や眼瞼下垂により、コミュニケーションが困難になる場合があります。
筆談や文字盤、ナースコールなど、患者に合ったコミュニケーション手段を確保し、不安の軽減に努めます。意識は清明であることを念頭に置き、尊厳を守る関わりが大切です。

全身の麻痺に対するケア

褥瘡予防: 定期的な体位変換、スキンケア、体圧分散寝具の活用を行います。
関節拘縮予防: 定期的な関節可動域訓練(他動運動)を実施します。
深部静脈血栓症(DVT)予防: 弾性ストッキングの着用や間欠的空気圧迫法の実施、必要に応じて抗凝固薬の投与が行われます。

精神的サポート

意識がはっきりしたまま全身が麻痺していく恐怖や、長期の入院生活に対する不安は計り知れません。
患者やご家族の言葉に耳を傾け、不安を傾聴し、必要な情報を提供することで、精神的なサポートを行います。


参考資料
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