非結核性抗酸菌症(NTM症)について

うつらない病気なのに、なぜ患者は増え続けるのか? 静かに広がる非結核性抗酸菌症(NTM症)の正体と、現場が抱える静かな悲鳴

目次

その咳、実は「うつらない病気」かもしれません

長引く咳、微熱、だるさ、体重減少——。

こういう症状で外来を受診される患者さんを見ると、正直、私たち看護師の頭にまず浮かぶのは「結核」の二文字です。でも近年、それ以上に増えているのが非結核性抗酸菌症(NTM症)という病気だということを、ご存知でしょうか。

結核と名前が似ているせいで、患者さんもご家族も「うつるんじゃないか」と怯えてしまう。実際に私が受け持った患者さんも、「家族と同じ部屋で寝ていいんでしょうか」「孫を抱っこしても大丈夫でしょうか」と、真っ先にそこを心配されていました。

でも、はっきりお伝えしたいことがあります。この病気は、人から人へはうつりません。

この事実がきちんと伝わっていないことこそが、患者さんを孤立させ、不要な自粛生活を強いてしまっている——これが、現場で感じている一つ目のもどかしさです。


なぜ今、患者数が急増しているのか——「お風呂」と「土」に潜む原因

NTM症の原因菌である非結核性抗酸菌は、結核菌とは違い、土や水、特に浴室の給湯設備やシャワーヘッドなど、私たちの生活環境のあちこちに自然に存在する菌です。

つまりこの菌は、誰かからうつされるのではなく、環境中から自分の肺に取り込んでしまうというのが感染経路の基本です。

近年、日本での患者数が増加している背景には、いくつかの要因が指摘されています。

高齢化の進行
加齢に伴う免疫力の低下や、既存の肺疾患(COPD、気管支拡張症など)を持つ方が増えたこと
診断技術の向上
CT検査の普及や医師の認知度向上により、以前なら見逃されていたケースが正しく診断されるようになったこと
生活環境の変化
浴室の24時間換気やユニットバスの普及により、菌が繁殖しやすい水回り環境との接触機会が増えている可能性
やせ型・小柄な中高年女性に多い
他の呼吸器感染症とは異なる特徴的な患者層

特に印象的なのは、喫煙歴がなく、真面目で几帳面な性格の中高年女性に多いという臨床的な傾向です。「私、悪いことしてないのに、どうしてこんな病気に」と涙を流す患者さんの姿を見るたびに、この病気が、生活習慣の乱れが原因ではないということを、もっと社会に知ってもらう必要があると痛感します。


結核との決定的な違い:ヒト-ヒト感染はしません

もう一度、ここは強調させてください。

非結核性抗酸菌症は、結核と違い、咳やくしゃみを介して人から人へうつることはありません。

結核は「排菌」している患者さんから、空気感染という形で他者へ伝播するため、隔離や周囲の接触者健診が必要になります。一方、NTM症は環境中の菌を吸い込むことで発症する疾患であり、患者さん同士が接触しても、家族が同じ空間で生活しても、感染が広がることはありません。

この違いを理解しないまま、「結核っぽい病名だから」という理由だけで、患者さんが職場や地域で偏見の目にさらされてしまう——これは、医療者として絶対に見過ごしてはいけない問題だと思っています。

外来で私たちが患者さんに繰り返しお伝えしているのは、「ご家族と食器を分ける必要も、部屋を分ける必要もありません」という、たった一言です。この一言で、患者さんの表情がふっと緩む瞬間を、何度も見てきました。


現場が感じている「静かな危機感」

NTM症は、結核のように短期集中の治療で終わる病気ではありません。複数の抗菌薬を、数ヶ月から場合によっては年単位で内服し続ける、長期戦の疾患です。

しかも厄介なのは、治療の手応えが患者さん自身に実感しにくいという点です。「薬を飲み続けているのに、咳は完全には消えない」「副作用でだるさが出るのに、菌はゼロにならない」——こうした状況が続くと、服薬アドヒアランスの低下(患者さんが自己判断で薬をやめてしまうこと)が、臨床現場で本当に大きな課題になっています。

看護師として、私たちが日々向き合っているのは、こんな葛藤です。

・「もう薬をやめたい」と訴える患者さんに、どう寄り添うか
・長期治療による肝機能障害や視力障害などの副作用を、どのタイミングで医師に報告すべきか
・高齢の患者さんが、複雑な服薬スケジュール(週3回だけ服用する薬もある)を、本当に自宅で管理できているのか

「もしこの外来がなくなったら、あの患者さんはどこで薬の管理を相談すればいいのか」——専門的にNTM症を診られる医療機関は、実はまだ限られています。都市部の呼吸器専門病院に患者さんが集中し、地方では「近くに専門医がいないから、片道2時間かけて通院している」という患者さんも珍しくありません。

患者数が増加しているにもかかわらず、それを支える医療体制、特に長期にわたる療養指導ができる看護師や薬剤師のマンパワーが追いついていない——これが、現場で働く私たちが肌で感じている、静かな、しかし切実な危機感です。


知ってほしい、日常でできる予防のヒント

NTM症の原因菌は、特に浴室の給湯器の配管内や、シャワーヘッド、加湿器のタンク内で増殖しやすいことが知られています。完全に予防することは難しい病気ですが、日常生活の中でリスクを減らす工夫はあります。

・シャワーヘッドは定期的に洗浄・交換する(水垢やぬめりは菌の温床になりやすい)
・浴室はこまめに換気し、湿気がこもった状態を長時間放置しない
・加湿器のタンクの水は毎日交換し、内部を定期的に洗浄する
・長引く咳、血痰、微熱、体重減少などの症状が続く場合は、自己判断で放置せず呼吸器内科を受診する

そして何より知っておいていただきたいのは、「診断されたからといって、周囲に気を使う必要はない」ということです。患者さんご本人だけでなく、そのご家族、職場の同僚の方にも、この病気が感染症ではあっても、他者へ伝播するものではないという正しい知識が広がってほしいと、現場から強く願っています。


この病気と、これからも付き合っていくために

NTM症は、劇的に治る病気ではないかもしれません。でも、適切な治療とサポートがあれば、多くの患者さんが日常生活を維持しながら、この病気と長く付き合っていける病気でもあります。

これ以上、後輩の看護師たちに「専門知識も体制もないまま、手探りで長期療養支援をさせる」ような状況を続けさせたくない——これが、この病気の増加を目の当たりにしてきた一人の看護師として、率直に感じていることです。

正しい知識が、患者さんの孤立を防ぎます。そして、その知識を伝え続ける医療者の存在と体制を、社会全体で支えていく必要があるのだと思います。


参考資料

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