糖尿病性腎症について

糖尿病性腎症の病態から看護のポイントまで徹底解説

あずかん

糖尿病性腎症は、糖尿病の三大合併症(網膜症、神経障害、腎症)の一つであり、現在、日本で透析導入に至る原因疾患の第1位を占めています。血糖コントロールの重要性はもちろんですが、腎症の進行をいかに早期に発見し、食い止めるかが患者さんの生命予後やQOLを大きく左右します。この記事では、糖尿病性腎症の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説します。

目次

糖尿病性腎症とは

糖尿病性腎症は、長期間にわたる高血糖が原因で腎臓の機能が低下していく病気であり、中心となるのは、腎臓にある糸球体の障害である。

  1. 糸球体の構造と役割
    • 腎臓には、血液をろ過して尿を作る「ネフロン」という単位が約100万個ずつある。糸球体はネフロンの構成要素で、毛細血管が毛糸の球のように集まった構造をしている。
    • 糸球体は、血液中の老廃物をろ過して尿として排泄し、体に必要なタンパク質(特にアルブミン)や赤血球などは血液中に保持するフィルターの役割を担っている。
  2. 高血糖による糸球体の変化
    • 糸球体高血圧・過剰ろ過:高血糖状態が続くと、糸球体に流れ込む血液量が増加し、糸球体内の圧力が上昇する(糸球体高血圧)。これにより、糸球体は通常より多くの血液をろ過しようと働きすぎる状態(過剰ろ過)になる。
    • 基底膜の肥厚とメサンギウム領域の拡大:高血糖は、糸球体のフィルターの役割を担う「基底膜」を厚く硬くさせる。また、糸球体を構造的に支えている「メサンギウム細胞」が増殖し、その周りの基質(メサンギウム領域)が拡大する。
    • 糸球体硬化:これらの変化が進行すると、糸球体は硬くなり(糸球体硬化)、最終的には完全に詰まってフィルターとしての機能を失ってしまう。

この結果、本来なら血液中に保持されるはずのアルブミンが尿中に漏れ出すようになり、さらに進行すると、老廃物を十分にろ過できなくなり、体内に毒素が蓄積する腎不全の状態に至ってしまう。

糖尿病性腎症の症状

糖尿病性腎症は「サイレントキラー」とも呼ばれ、初期の段階では自覚症状がほとんどなく、症状が現れたときには、すでに腎機能がかなり低下していることが多いのが特徴である。

  • 初期(微量アルブミン尿期)
    • 自覚症状は全くない。この段階で唯一の手がかりは、尿検査で検出される微量のアルブミン尿であり、早期発見のためには定期的な尿検査が不可欠となる。
  • 中期(顕性アルブミン尿期)
    • 尿中に漏れ出るタンパク質の量が増え、尿が泡立つことがある。
    • 浮腫:血液中のアルブミンが減少すると、血管内の水分を保持する力(膠質浸透圧)が低下し、水分が血管の外に漏れ出してむくみが生じる。特に足や顔に現れやすい。
    • 高血圧:腎機能の低下により、体内の水分や塩分の調節がうまくいかなくなり、血圧が上昇する。
  • 後期(腎不全期)
    • 尿毒症症状:老廃物(尿毒素)が体内に蓄積することで、様々な症状が出現する。
      • 全身の倦怠感、食欲不振、吐き気
      • 皮膚のかゆみ
      • 貧血(腎臓でのエリスロポエチン産生低下による)
      • 息切れ(心不全や肺水腫による)
    • この段階になると、透析療法腎移植が必要となる。

治療・対症療法

治療の基本は、腎症の進行を抑制し、末期腎不全への移行を遅らせることである。病期によって治療の重点が異なる。

  1. 血糖コントロール
    • 全ての病期で最も基本となる治療。HbA1cの目標値を設定し、食事療法、運動療法、薬物療法を組み合わせて厳格に血糖を管理していく。
  2. 血圧コントロール
    • 高血圧は糸球体への負担を増大させ、腎症を悪化させるため、血糖管理と同様に非常に重要となる。
    • 治療には、レニン-アンジオテンシン(RA)系阻害薬(ACE阻害薬やARB)が第一選択薬として用いられ、これらの薬には、降圧作用に加えて糸球体を保護する作用がある。
  3. 食事療法
    • タンパク質制限:腎機能が低下し始めると(顕性アルブミン尿期以降)、過剰なタンパク質摂取は腎臓に負担をかけるため、摂取量を制限する。医師や管理栄養士の指導のもと、患者の状態に合わせて適切な量を設定する。
    • 塩分制限:高血圧や浮腫を改善するために、1日6g未満を目標に厳格な塩分制限を行う。
    • エネルギー(カロリー)制限:肥満は腎臓への負担を増やすため、適切なエネルギー量を摂取する。ただし、タンパク質制限を行う場合は、エネルギー不足にならないように注意が必要となる。
  4. 薬物療法
    • SGLT2阻害薬:血糖を尿中に排泄させることで血糖値を下げる薬だが、それに加えて糸球体内圧を低下させるなど腎臓を保護する効果があることが分かり、近年注目されている。
    • ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬:腎臓の炎症や線維化を抑えることで、腎機能の低下を抑制する効果が期待されている。

看護のポイント

  1. 教育的支援とセルフケア行動の確立
    • 病態の理解促進:なぜ血糖や血圧の管理、食事療法が必要なのか、その根拠を患者が理解できるよう、分かりやすく説明する。特に、自覚症状がない初期段階から治療に取り組む意欲を引き出すことが重要となる。
    • 自己測定の支援:血糖自己測定(SMBG)や家庭血圧測定の方法を指導し、記録を継続できるよう支援する。測定値の変動が治療への関心に繋がることがある。
  2. 食事療法の継続支援
    • 食事療法はQOLに直結するため、継続が難しい場合が多い。管理栄養士と連携し、患者の食生活や嗜好に合わせて、実現可能な方法(減塩の工夫、外食時のメニュー選びなど)を一緒に考える。
    • 「制限」という言葉だけでなく、「おいしく食べるための工夫」としてポジティブな側面を伝え、意欲を維持できるよう働きかける。
  3. フットケア
    • 糖尿病性腎症の患者は、血行障害や神経障害を合併していることが多く、足の傷(潰瘍・壊疽)のリスクが非常に高い。
    • 毎日足の状態を自分で観察(見て、触って)するよう指導する。浮腫、皮膚の色、傷の有無、乾燥などをチェックし、異常があればすぐに相談するよう伝える。
  4. 腎代替療法(透析・移植)の意思決定支援
    • 腎機能が悪化し、腎代替療法が必要になった場合、患者と家族は大きな不安を抱き、人生の選択を迫られる。そのため、透析や移植に関する正確な情報を提供し、それぞれの治療法のメリット・デメリットを理解できるよう支援していく。
    • 患者と家族の価値観やライフスタイルを尊重し、彼らが主体的に治療法を選択できるよう、医師や医療ソーシャルワーカーと連携して意思決定のプロセスを支える。
参考資料
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