脂肪塞栓症候群について

脂肪塞栓症候群(FES)について|疾患の概要から看護のポイントまで徹底解説

あずかん

大腿骨骨折や多発外傷の患者さんが入院してきた時、「まあ、骨折だけだしバイタルも安定してるから大丈夫」と油断していませんか?
脂肪塞栓症候群は受傷後12〜72時間という「魔の時間帯」に突如として牙を剥き、最悪の場合、致死的な転帰をたどる怖い合併症です。そして、その初期徴候を捉えられるのは、ベッドサイドにいる私たち看護師だけなんです。
今回は、教科書的な知識だけでなく、臨床現場で「何を見て、どう動くべきか」という実践的な視点を紹介します。


目次

サクッと復習!疾患の概要

  • 病態
    • 骨折によって骨髄内の脂肪滴が血管内に流入し、肺や脳、皮膚などの微小血管を閉塞させる病態です。機械的な閉塞だけでなく、遊離脂肪酸による生化学的な炎症反応も関与します。
  • 原因
    • 長管骨骨折(特に大腿骨、脛骨)、骨盤骨折、多発外傷が主因。人工関節置換術(TKA/THA)や髄内釘固定術の手技中にもリスクがあります。
  • 症状(Gurdの診断基準が有名)
    1. 呼吸器症状: 低酸素血症、呼吸困難、タキプネア(頻呼吸)。
    2. 脳神経症状: 意識障害、不穏、せん妄様症状。
    3. 皮膚症状: 点状出血(Petechiae)。
  • 治療
    • 特効薬はありません。呼吸管理(酸素投与、人工呼吸器管理)や循環管理による対症療法が中心です。ステロイドパルス療法が行われることもありますが、エビデンスは確立されていません。

Gurdの診断基準

【診断の目安】
以下のいずれかを満たす場合に「脂肪塞栓症候群(FES)」と診断されます。
・大基準 2つ以上
・大基準 1つ + 小基準 4つ以上

分類項目具体的な基準・所見ポイント
大基準1. 点状出血
(Petechial rash)
前胸部、腋窩、眼瞼結膜に出現する出血斑。最も特異度が高いサインです。清拭時やバイタル測定時に、必ず腋の下や胸元の皮膚を確認してください。
2. 呼吸器症状
(Respiratory symptoms)
X線上の肺野浸潤影。
低酸素血症(PaO2 60Torr以下、FiO2 0.4以下)。
最も早期に出現するサインです。SpO2低下はもちろん、画像変化が出る前の「呼吸数増加」「努力様呼吸」を見逃さないことが鍵です。
3. 脳神経症状
(Cerebral signs)
頭部外傷や他の原因によらない意識障害、不穏、痙攣など。鎮静をかける前に、必ずバイタル(特にSpO2)を確認。「術後せん妄」と安易に決めつけない姿勢が重要です。
小基準1. 頻脈心拍数 110回/分以上。疼痛や発熱による頻脈と区別が難しいですが、鎮痛しても下がらない頻脈は要注意です。
2. 発熱38.5℃以上の高熱。感染兆候(創部感染や肺炎など)がないのに、術後早期にスパイク熱が出た場合はFESを疑います。
3. 網膜病変眼底検査での脂肪塞栓の確認。看護師の観察は困難ですが、患者さんが「目が霞む」「見えにくい」と訴えた場合は医師へ報告します。
4. 黄疸血清ビリルビンの上昇など。採血データの確認と、眼球結膜の黄染(黄色くなっていないか)を観察します。
5. 腎機能障害乏尿、無尿。尿量減少(0.5ml/kg/時以下)や、尿の色が濃くなっていないかを確認します。
6. 貧血Hbの急激な低下。術中出血の影響とは別に、予期せぬ進行がないか確認します。
7. 血小板減少血小板数の急激な減少。DICのような消費性凝固障害を来たします。出血傾向(採血痕が止まりにくいなど)にも注意。
8. 赤沈亢進赤血球沈降速度(ESR)の上昇。71mm/時以上。炎症反応の指標として確認します。

あずかん

補足メモ

・「点状出血」は絶対に見逃さないで!
大基準の中で、呼吸不全や意識障害は他の原因(肺炎や脳卒中など)でも起こりますが、「点状出血」はFESに非常に特徴的な所見です。これを見つけたら、FESの確率はグンと上がります。

・あくまで「目安」です
この基準は絶対的なものではありません。Gurdの基準を完全に満たしていなくても、臨床的にFESとして治療を開始すること(FES疑い)は多々あります。「基準を満たしていないから大丈夫」ではなく、「怪しいサインが出ているから警戒レベルを上げよう」という意識で活用してくださいね。


観察ポイント&根拠

観察項目観察ポイント根拠・予測
呼吸数とSpO2の乖離SpO2モニターの値だけでなく、1分間の実測呼吸数をカウントし、努力様呼吸(肩呼吸や鼻翼呼吸)がないか目視確認する。FESの初期症状として、画像所見(すりガラス影など)が出る前に低酸素血症が先行します。SpO2が95%あっても、呼吸数が25回/分を超えている場合、代償機能で数値を保っているだけの「崩壊寸前」かもしれません。
点状出血(Petechiae)の探索全身清拭時やバイタル測定時に、腋窩、前胸部、眼瞼結膜の皮膚・粘膜をめくって確認する。点状出血はFESに特異的なサイン(出現率は20〜50%)ですが、見ようとしないと絶対に見つかりません。脂肪滴による毛細血管の閉塞と脆弱化が原因で出現します。これがあればFESの可能性が跳ね上がります。
意識レベルと行動の変容JCSやGCSの点数評価に加え、「つじつまの合わない言動」「理由なき不機嫌・興奮」がないかを確認する。脳の微小血管塞栓による脳浮腫や虚血が原因です。高齢者の場合、環境変化による「せん妄」や元々の「認知症」と片付けられがちですが、受傷後24〜48時間で急激に悪化した場合は、まずFESによる脳症状を疑います。
尿量と水分バランス時間尿量を測定し、0.5ml/kg/時を割り込んでいないか、In/Outバランスがマイナスに傾いていないか確認する。脱水による循環血液量の減少(血液濃縮)は、脂肪滴の凝集を助長し、塞栓のリスクを高めます。また、ショック状態への移行を早期に察知するためにも必須の項目です。

もし患者さんが「苦しい」と言ったら?

受傷後2日目の夜勤帯、大腿骨骨折の患者さんがナースコールでこう訴えました。
「なんだか胸が苦しいの。ドキドキして、怖い夢を見たみたいに落ち着かないの…」
この時、「術後の不安ですね、安定剤もらいましょうか」で片付けるのは非常に危険です。この言葉は、FESの典型的な初期症状である可能性があります。

言葉の裏にあるニード
「苦しい」「怖い」という訴えは、心理的な不安だけでなく、低酸素血症による「Air Hunger(空気飢餓感)」や、脳塞栓による中枢性の不穏状態が言語化されたものである可能性が高いです。患者さんは「死への恐怖」を感じています。

対応アクションと会話例

  1. 即座のフィジカルアセスメント(否定しない)
    • 「苦しいんですね、辛いですよね。今すぐに酸素の値を測って、胸の音を聞かせてもらいますね。(SpO2測定と同時に聴診、腋窩の皮膚観察を行う)」
  2. 医師へのSBAR報告の準備
    • 「不安」と決めつけず、客観的データ(SpO2低下、頻脈、呼吸数増大)を収集し、直ちに医師へ報告します。
    • 報告例:「術後2日目の〇〇さんですが、突然の呼吸困難感と不穏を訴えています。SpO2は酸素2Lで92%、呼吸数28回です。FESの可能性を考慮し、動脈血液ガス分析が必要かと思いますがいかがでしょうか」
  3. 安楽な体位と酸素投与(対症療法)
    • 「少しベッドを起こして(ファーラー位)、呼吸を楽にしましょう。酸素を少し増やしますので、ゆっくり息を吐いてくださいね。私がそばにいますから大丈夫ですよ。」

現場で差がつく看護のコツ・ポイント

工夫・コツ・アイデア具体的な手技・環境調整期待される効果・メリット
患肢の愛護的動静(愛護的操作)体位変換やおむつ交換の際、患肢を「持ち上げる」のではなく「面で支えて、骨折部を揺らさない」ように動かす。複数名での対応を徹底する。骨折部が不安定に動くと、骨髄内圧が上昇し、さらなる脂肪滴の血管内流入を招きます。「骨折部を揺らさない=塞栓を飛ばさない」という意識が最大のリスク管理です。
クーリングの徹底と鎮痛患部(骨折部)に対し、氷嚢を用いて持続的にクーリングを行う。また、疼痛による交感神経緊張(頻脈)を防ぐため、鎮痛薬を定期使用する。炎症反応を最小限に抑え、局所の腫脹を軽減することで、骨髄内圧の上昇を抑制します。また、頻脈や血圧上昇を防ぐことで、全身への塞栓リスクを減らします。
採血データの「血小板」推移チェックルーチンの採血データを見る際、Hbだけでなく血小板数(Plt)の急激な減少がないか確認する。FESでは播種性血管内凝固症候群(DIC)に近い病態となり、血小板が消費されます。急な血小板減少は、臨床症状が出る前の警告サインであることが多いです。

新人さんが陥りやすいミスへの対策

新人の頃って、どうしても「目に見える派手な症状」に気を取られがちですよね。しかし派手な症状の裏側をしっかりアセスメントできるようにならないといけません。

夜間に患者さんが「家に帰る!」と暴れ出したんです(不穏)。私はてっきり「認知症が悪化したんだ、抑制しなきゃいけないかな…」と思い込み、先輩に「不穏時の指示を使っていいですか?」と聞きに行きました。
すると先輩は、患者さんの元へ行き、パルスオキシメーターを付けたんです。値は80%台でした。
「暴れているのは、性格じゃなくて、脳に酸素が行っていないからだよ」
先輩のその言葉に、血の気が引いたのを覚えています。

整形外科の術後、特に高齢者の「不穏」「興奮」「つじつまが合わない」を見たら、まずは「性格」や「認知症」ではなく、「低酸素」を疑ってください。そしてなぜ「低酸素」に陥っているのかをアセスメントしていきましょう。
鎮静剤で眠らせてしまうと、呼吸抑制がかかり、発見が遅れて取り返しのつかないことになります。

あずかん

「おかしいな」と思ったら、まずはSpO2と呼吸数。そして腋の下の皮膚を見る。これを習慣にするだけで、あなたの観察眼は確実に先輩レベルに近づきますよ。


参考資料
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