人工関節周囲の骨折について|疾患の概要から看護のポイントまで徹底解説
あずかんTHA(人工股関節全置換術)やTKA(人工膝関節全置換術)の手術を乗り越え、やっと普通の生活に戻っていた患者さんが、転倒などをきっかけにまた病院に戻ってくる。患者さんの絶望感はもちろんですが、私たち医療者にとっても「再手術の難しさ」「合併症リスクの高さ」から、非常に緊張感が走る疾患です。
この疾患は、インプラントという「異物」と「脆弱な骨」が複雑に絡み合っているため、看護師の観察不足が、最悪の場合「足の切断」や「寝たきり」に直結しかねない、かなりシビアな領域です。
今回は、教科書的な知識だけでなく、臨床で学んだ「現場のリアリティ」をお伝えします。明日の勤務から使える視点として、ぜひ持ち帰ってください。
サクッと復習!疾患の概要
- 病態: 人工関節(ステムやカップ)が挿入されている骨の周辺で起こる骨折。インプラントと骨の結合が緩んでいる(Loosening)場合と、しっかり固定されている場合があります。
- 原因: 大半は転倒などの低エネルギー外傷ですが、背景には骨粗鬆症や、インプラント周囲の骨溶解が隠れていることが多いです。
- 分類: 治療方針決定のため、Vancouver分類(股関節)やLewis and Rorabeck分類(膝関節)が用いられます。
- 症状: 激痛、荷重困難、患肢の変形・短縮、機能全廃。
- 治療
- 骨接合術: インプラントが安定している場合。ロッキングプレートやワイヤーを用います。
- 再置換術: インプラントが緩んでいる場合。より長いステムや特殊なインプラントに入れ替える、侵襲の大きな手術になります。




観察ポイント&根拠
| 観察項目 | 観察ポイント | 根拠・予測 |
|---|---|---|
| 皮膚の状態と水疱形成 (表皮剥離・血流障害) | 患部の腫脹だけでなく、水疱(Blister)の有無、皮膚の色調(暗赤色化)、圧迫による発赤がないか、健側と比較して観察する。 | 整形外科手術において、術野の皮膚トラブルは致命的です。特に受傷後の腫脹で水疱ができると、感染リスクが高まり手術延期(待機)を余儀なくされます。骨折部が不安定な状態で待機期間が延びれば、DVTやせん妄のリスクも倍増するため、皮膚状態の早期評価と保護が予後を左右します。 |
| 神経血管損傷の兆候 (特に腓骨神経・動脈) | 足背動脈の触知だけでなく、第1・2趾間の知覚鈍麻、足関節の背屈・底屈が可能かを1時間ごとにチェックする(急性期)。 | インプラント周囲の骨折は、骨片が鋭利になりやすく、また受傷時のエネルギーで血管や神経を巻き込んでいる可能性があります。コンパートメント症候群の前兆である「鎮痛薬が効かない激痛」を見逃すと、最悪の場合、患肢切断に至る可能性があります。 |
| 隠れた貧血と循環動態 | 血圧低下だけでなく、脈拍の上昇(頻脈)、結膜の蒼白、尿量減少(0.5ml/kg/hr以下)がないかを経時的に追う。 | 骨折部からの出血に加え、広範囲な軟部組織損傷を伴うため、見かけ以上に循環血液量が減少しています。特に再置換術後は、骨髄腔からの出血が続きやすく、ドレーン排液だけでなく大腿部の腫脹増大(皮下血腫)による「見えない出血」に注意が必要です。 |
| 感染兆候(SSI)の微細な変化 | 38度以上の発熱だけでなく、創部周囲の熱感(Calor)の広がり、CRPの推移、排液の混濁がないかを確認する。 | 人工関節が存在するため、細菌感染(PJI)は最も恐れるべき合併症です。一度感染するとインプラント抜去が必要になるなど、治療が年単位に及ぶこともあります。「なんとなく熱い」ではなく「昨日より熱感範囲が拡大している」という比較が重要です。 |


もし患者さんが「なんでまた手術なの…」と言ったら?
入院直後、激痛の中で再手術の説明を受けた患者さんが、涙ながらにこう訴えることがあります。
「あんなにリハビリ頑張って、やっと歩けるようになったのに。なんでまた手術なの? もう嫌だ、このまま死にたい…」
ここで「頑張りましょう」「手術しないと治りませんよ」という正論は、患者さんの心を閉ざしてしまいます。
対応アクションと会話例
- 感情の表出を妨げず、受け止める(傾聴と沈黙)
- まずは否定も励ましもせず、ベッドサイドに座り、患者さんが泣き止むまで背中や健側の手に触れながら待ちます。
- 「そうですよね。あれだけリハビリを頑張ってこられたのを知っていますから、悔しいし、辛いですよね。」
- 「ゼロからのスタート」ではないことを伝える(リフレーミング)
- 少し落ち着いたタイミングで、過去の努力を肯定します。
- 「でも、〇〇さんがこれまでリハビリでつけた筋力や、歩くコツを覚えた経験は消えていませんよ。今は骨が折れて動けませんが、手術で骨さえ繋がれば、『ゼロから』ではなく『経験者』としてリハビリを再開できます。」
- 具体的かつ短期的な見通しを共有する
- 「まずは痛みを取ることから始めましょう。痛みが落ち着けば、夜も眠れるようになりますからね。」
現場で差がつく看護のコツ・ポイント
| 工夫・コツ・アイデア | 具体的な手技・環境調整 | 期待される効果・メリット |
|---|---|---|
| ポジショニング時の「面」での支え | 体位変換時、患肢を動かす際は足首だけを持つのではなく、枕やバスタオルを用いて下肢全体を「面」で支え、二人一組で体軸に合わせて回旋させずに動かす。 | 骨折部が不安定なため、点での支えは激痛と骨片の転位(ズレ)を招きます。面で支えることで疼痛を最小限にし、再転位による神経損傷リスクを低減できます。 |
| シーネ・牽引中の「踵(かかと)浮かせ」 | 直達牽引やシーネ固定中、アキレス腱付近にタオル等のパッドを入れ、踵骨部をベッドから完全に浮かせる。 | 高齢で栄養状態が悪い患者さんが多く、踵の褥瘡は数時間で発生します。一度褥瘡ができると牽引が中止になり、治療計画が崩れます。「踵は常に浮かせる」が鉄則です。 |
| 排泄介助時の「ギャッチアップ角度」調整 | ベッド上排泄時、完全にフラットにするのではなく、医師の許可範囲内で10〜20度頭側を挙上し、腹圧をかけやすくする。 | 痛みで腹圧がかけられず、排便困難からイレウスや不穏に繋がることがあります。わずかな挙上で排泄しやすくなり、患者さんの羞恥心や心理的負担も軽減されます。 |
| 鎮痛薬の「先行投与」 | 処置(清拭、体位変換、レントゲン撮影)の30分〜1時間前にアセトアミノフェン等のベース鎮痛薬を使用しておく。 | 「痛くなってから使う」では遅いです。血中濃度が上がった状態でケアに入ることで、痛みに伴う血圧上昇や不穏興奮を防ぎます。 |
新人さんが陥りやすいミスへの対策
私がまだ2年目の頃、大失敗をして先輩にこっぴどく叱られた経験があります。
それは、「初回の手術(THA/TKA)と同じ感覚で見ていたこと」です。
術後のレントゲンを見て、「ああ、きれいに治ってるな」と安心してしまい、貧血の進行に気づくのが遅れました。
実は、再置換術や骨接合術は、初回の手術よりも手術時間が長く、出血量が圧倒的に多いのです。さらに、もともとの骨がもろいため、インプラントを抜いた後の出血(骨からの出血)がじわじわと続きます。
「人工関節が入っている」というだけで、手術の難易度も侵襲も桁違いに上がります。
「初回手術の3倍はリスクがある」と思って観察してください。
また、患者さんは「一度歩けていた」という記憶があるため、術後に思ったように動けないと、初回以上に落ち込んだり、逆に無理をして転倒したりしがちです。
身体的なケアだけでなく、「自信を喪失している心」への配慮ができるようになると、患者さんはあなたを心から信頼してくれるようになりますよ。