【何故】今でも理解できない

【看護師の告白】患者に蹴られた日。忘れられない、あの時の顔…

「大丈夫ですか!?」 同僚の声で、我に返る。 下腹部に走る、鈍い痛み。何が起きたのか理解できず、ゆっくりと顔を上げると、ベッドに座る患者さんの顔がありました。その顔は、怒りでもなく、混乱でもなく、ただ愉快そうにニヤニヤと笑っていました。そして、私をさらに踏みつけようと、ゆっくりと足を上げていく――。

これは、私が実際に経験した「患者さんからの暴力」の瞬間です。 せん妄や認知症の周辺症状として、患者さんが暴言を吐いたり、暴力をふるったりすることは、残念ながら医療現場では稀なことではありません。そしてその矛先は、一番身近にいる私たち看護師や、リハビリスタッフに向けられることがほとんどです。

今回は、この決して他人事ではない「患者さんからの暴力」という重いテーマについて、私が妊娠中に経験した忘れられない出来事と、そこから得た教訓、そして今、現場で戦うすべての仲間に伝えたいことをお話しします。


なぜか、私たちの前だけで豹変する

多くの看護師が感じることですが、暴言や暴力行為がある患者さんは、なぜか医師や特定の役職者の前では驚くほど穏やかになることがあります。「〇〇さん、昨日スタッフに手を挙げてしまったそうですね」と先生が言うと、「いえいえ、そんな滅相もございません」としおらしくなる。

この「使い分け」は、私たちを精神的に追い詰めます。「自分の関わり方が悪いのだろうか」「大袈裟に報告していると思われたらどうしよう」と、被害を受けた側が自分を責めてしまうのです。

しかし、これはあなたのせいではありません。せん妄や認知機能の低下により、抑制が効かなくなり、最も身近で、自分に抵抗できない(であろう)相手に感情をぶつけてしまう。悲しいですが、それが病態の一つなのです。


妊娠中だった私のお腹を、ためらいなく蹴った患者さん

その日、私は妊娠中であることを周囲も本人(比較的、日中はクリアな方でした)も認識している中で、日勤業務についていました。担当していたその患者さんの足元の観察をするため、ベッドサイドで何気なく、いつものようにしゃがみ込んだ、その時でした。

ドンッ、という衝撃。

突然のことで、何が起きたか分かりませんでした。見上げると、ニヤニヤと笑う患者さんの顔。そして、追い打ちをかけるように振り上げられた足。その瞬間、近くにいたリハビリスタッフの方が「危ない!」と叫びながら、患者さんを制止してくれました。

幸い、私自身と、お腹の子どもに大事はありませんでした。

しかし、私の心に深く突き刺さったのは、痛みよりも、その時の患者さんの表情でした。悪びれるでもなく、混乱しているでもない。ただ、人が困るのを見て楽しんでいるかのような、あのニヤニヤした顔。

そして、自分の中に湧き上がってきた感情は「怒り」や「恐怖」と同時に、「なぜ?私、何かしましたか?」という、どうしようもない悲しみでした。患者さんのために、良かれと思って日々関わっているのに、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。

その後、患者さんは医師から厳重注意を受け、反省した様子を見せていました。しかし、私の中では何かがプツリと切れ、しばらくその患者さんの部屋に一人で入ることが怖くなってしまいました。

私の反省点 ― 自分を守る意識の欠如

今振り返って思う、私の反省点。それは、「自分は大丈夫だろう」という油断です。 「日中は穏やかな方だから」「妊娠していることを知っているから、まさか…」 そんな無意識の「だろう」という思い込みが、私に隙を作りました。患者さんの真正面に、無防備に、しかも一番大切な“お腹”を向けてしゃがみ込む。これは、暴力のリスクがある現場において、あまりにも不用心な行動でした。

この経験は、私に患者をケアする前に、まず自分自身の安全を確保する義務があるという、当たり前で、しかし忘れがちな原則を、痛みと共に教えてくれました。


自分と仲間を守るために、私たちがすべきこと

では、私たちはどうすればいいのでしょうか。綺麗事だけでは、私たちの心と体は守れません。

1. 危険予測と情報共有の徹底

  • 「あの患者さん、今日は少しイライラしている」「昨日、手を振り上げる場面があった」など、些細な変化やヒヤリハットを必ずチームで共有する。
  • 暴力のリスクがある患者さんのケアに入る際は、必ず複数名で対応することを原則とする。

2. ポジショニングを意識する

  • ケアに入る際は、必ず患者さんの斜め横に立つ。真正面は、攻撃の的になりやすい。
  • 患者さんとの間に、常に逃げられるスペース(出口)を確保する。ベッドと壁の間に挟まれるような位置取りは絶対に避ける。
  • しゃがむ時も、すぐに立ち上がれる体勢を意識し、決して無防備にならない

3. 「助けて」と声を上げる勇気

  • 危険を感じたら、プライドなど捨てて「助けてください!」「応援お願いします!」と大声を出す。その声が、自分と同僚を救います。
  • 暴力や暴言を受けたら、決して一人で抱え込まず、師長や上司に必ず報告する。これは「告げ口」ではなく、組織として対応すべき「インシデント報告」です。

4. 毅然とした態度と、心の距離

  • 暴力は「病気のせい」と頭では理解しつつも、受けた心の傷は本物です。無理に許す必要はありません。
  • 危険な行為に対しては、「それは、いけません」と短い言葉で、毅然とした態度で伝えることも必要です。感情的に言い返すのではなく、チームとして統一した対応を取ることが重要です。

患者さんからの暴力は、看護師の心を深く傷つけ、燃え尽き症候群の原因にもなります。私たちは、患者さんのために身を粉にして働く聖人君子ではありません。痛みを感じ、恐怖に震え、悲しみに暮れる、一人の人間です。

だからこそ、自分を守る術を学び、仲間と助け合い、組織として対応していくことが不可欠です。この記事が、今まさに現場で傷つき、悩んでいるあなたの心を、少しでも軽くする一助となればと、心から願っています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次