【急変】3人の看護師、どのように動くか

夜勤の急変対応|情報がない中でどう判断するか

「あの時、もっと違う行動ができていれば…」

夜勤明けの帰り道、昇る朝日を浴びながら、無力感と後悔で涙が止まらなかった日のことを、私は今でも鮮明に覚えています。

これは、私が看護師3年目の時に経験した、夜勤での忘れられない出来事です。この記事を読んでくださっているあなたが、もし同じような状況に遭遇した時に、少しでも冷静に対応できるヒントになればと願っています。

嵐の前の静けさ 深夜の緊急入院

その日の夜勤は、リーダー業務にも慣れてきた3年目の私、2年目の後輩、そして10年目以上の頼れる先輩の3人体制でした。

深夜0時を回った頃、救急外来から1本の電話が鳴りました。

「圧迫骨折の患者さん、入院です。既往に腎不全があって、透析をされている方です。」

ほどなくして、80代のAさんが救急搬送されてきました。ご家族も付き添っていましたが、深夜ということもあり、翌朝改めて来ていただくよう説明し、その日はお帰りいただきました。

Aさんは腰の痛みを訴えながらも、意識ははっきりしており、会話も問題なくできる状態でした。私たちはAさんをベッドに移乗し、バイタルサイン測定、入院時記録の作成、そして痛み止めの準備と、慌ただしくも連携して業務を進めていました。救急外来で採血をしたとの申し送りはありましたが、深夜のため、検査結果はまだ病棟には届いていませんでした。

Aさんの安静度は「トイレのみ可」。入院から3時間ほど経った午前3時頃、先輩は仮眠休憩に入り、病棟は私と後輩の2人だけになりました。その静寂を破るように、Aさんのナースコールが鳴ったのです。

予期せぬ急変「そばを離れてはいけない」の原則と現実

「トイレに行きたい」

Aさんの訴えに、私は車椅子を用意し、トイレまで付き添いました。Aさんが便座に座り、ほっと一息ついた、まさにその時でした。

「なんだか、気持ちが悪い…」

そう言った直後、Aさんはぐったりと力を失い、意識を失ってしまったのです。

頭の中で、新人時代から叩き込まれてきた急変対応の基本が叫びます。

「患者さんのそばを離れるな!」

しかし、現実は非情でした。ここはスタッフステーションから一番遠いトイレ。後輩は他の患者さんの対応に追われていて、すぐに駆けつけられる状況ではありません。応援を呼ぶためのナースコールも、誰も取れる人はいなかったのです。

一瞬の葛藤の末、私は決断しました。

「患者さんのそばを離れよう」

私はAさんの体を支えながら、床に崩れ落ちないようにゆっくりと横たわらせました。そして、スタッフステーションに向かって全力で走ったのです。すれ違った後輩に「Aさんが意識消失!先輩を起こして!」と叫び、救急カートを掴んでAさんのもとへ駆け戻りました。

ほんの数十秒。しかし、永遠のように長い時間でした。

怒涛の急変対応と、避けられなかった結末

そこからの時間は、まさに怒涛でした。

後輩が叩き起こしてくれた先輩が駆けつけ、私たちはすぐに心臓マッサージを開始。応援の看護師も集まり、医師への緊急コールが行われました。

しかし、私たちの懸命な蘇生もむなしく、Aさんが再び目を開けることはありませんでした。

夜が明け、ご家族に悲しい報告をしなければならなかった時の、あの空気の重さとご家族の涙は、今も胸に突き刺さっています。

朝になって判明した「危険信号」

なぜ、Aさんは突然亡くなってしまったのか。

その原因は、Aさんが亡くなった後、朝になってようやく判明した血液検査の結果に隠されていました。入院前に救急外来で採血されたデータを確認すると、カリウム(K)の値が6.0mEq/Lと、著しい高値を示していたのです。

腎不全の患者さんにとって、高カリウム血症は致死的な不整脈を引き起こす、最も警戒すべき合併症の一つです。トイレでの排便のためにいきんだことが、迷走神経を刺激し、致死的な不整脈の引き金となってしまった可能性がありました。

私が本当にすべきだったこと

夜勤帯に検査結果が出ていなかった以上、カリウム値が高いことを知る術はありませんでした。しかし、本当に何もできなかったのでしょうか。

今振り返ると、悔やんでも悔やみきれない反省点があります。それは、

「情報がない中で、リスクを予測するアセスメントが欠けていたこと」

私たちは、「圧迫骨折」という目に見える症状と、「腎不全・透析患者」という申し送り情報を、頭の中で結びつけることができていませんでした。

「腎不全があるなら、高カリウム血症のリスクは常にある」 「もしかしたら、透析が予定通りにできていないのかもしれない」 「検査結果が出るまでは、不整脈のリスクを念頭に置いたケアをしよう」

そういった思考が、私にもチームにも欠けていました。もし、そのリスクアセスメントができていれば。

・医師に「念のため」心電図モニターの装着を依頼できたかもしれない。
・結果が出るまでは、トイレ歩行ではなくベッド上での安静を徹底し、排泄介助を行う判断ができたかもしれない。
・患者さんの「なんとなく気分が悪い」という些細な訴えを、より重篤なサインとして捉えられたかもしれない。

「データがなかったから仕方ない」と諦めるのではなく、情報がないからこそ、最悪の事態を想定して行動する」という視点が、私たちには決定的に不足していたのです。

この経験から得た教訓 未来の自分と患者さんのために

このつらい経験は、私の看護観を大きく変えるきっかけとなりました。

見えないリスクを想像する
既往歴や患者背景から、潜在的なリスクを予測するアセスメント能力。検査データのような客観的な情報がない時ほど、この「想像力」が看護師の武器になります。

「原則」と「現実」のギャップを埋める判断
「患者のそばを離れない」という原則は絶対です。しかし、限られた人的資源の中で最善を尽くすためには、時に原則から外れた判断も必要になります。あの時、私がAさんのそばを離れて応援を呼びに行った判断が正しかったのかは分かりません。しかし、瞬時に状況を評価し、「今、患者にとって最も必要なことは何か」を考え、行動する勇気を持つこと。これもまた、看護師に求められる重要なスキルなのだと学びました。

チームでリスクを共有する
「この患者さん、腎不全があるから急変リスク高いかもね」「検査結果がまだだから、少し慎重に様子を見ようか」入院時にチームでこんな会話ができていれば、結果は違ったかもしれません。忙しい業務の中でも、気づいたことを声に出し、チーム全体で危機意識を共有することの重要性を痛感しました。

この出来事は、私の心に深い傷を残しました。しかし、Aさんの死を無駄にしないために、私はこの経験を語り継ぎ、自分自身と後輩たちの学びに変えていく責任があると思っています。

夜勤は、常に予測不能な事態と隣り合わせです。この記事が、過酷な現場で奮闘するすべての看護師さんにとって、自らの看護を振り返る一助となれば幸いです。

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