
疼痛は、患者が最も頻繁に訴える症状の一つであり、生命の危険信号として重要な役割を担っています。そして、その苦痛はQOLを著しく低下させる要因ともなります。この記事では、疼痛の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説します。
疼痛とは
疼痛は、組織損傷あるいはその可能性がある場合に生じる、不快な感覚・情動体験です。この感覚は、主に以下の4つのプロセスを経て知覚されます。
- 侵害刺激の受容
皮膚や内臓など、全身に分布する侵害受容器が、機械的刺激(圧迫、切開)、熱刺激、化学的刺激(発痛物質:ブラジキニン、プロスタグランジン、セロトニンなど)を電気信号に変換します。 - 伝達
電気信号は、末梢神経(Aδ線維、C線維)を通って脊髄後角に伝わります。- Aδ線維:有髄で伝導速度が速い。「鋭く、刺すような一次痛」を伝える。
- C線維:無髄で伝導速度が遅い。「鈍く、焼けるような二次痛」を伝える。
- 脊髄後角でニューロンを乗り換え、信号は上行性疼痛伝導路(主に脊髄視床路)を通って脳へと伝達されます。
- 知覚
信号が視床を経て大脳皮質(体性感覚野、前頭前野など)や大脳辺縁系に到達すると、ここで初めて「痛み」として認識されます。痛みは、その部位や強さだけでなく、「不快」「不安」「恐怖」といった情動的な側面も伴います。 - 下行性疼痛抑制系
脳幹(中脳水道周囲灰白質、延髄など)から脊髄後角へ向かう下行性の神経路は、痛みの伝達を抑制する働きを持ちます。この系が放出する神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、内因性オピオイドなど)が、脊髄レベルで痛みの信号伝達をブロックし、痛みを和らげます。この抑制系の機能低下は、慢性的な痛みの原因の一つと考えられています。
疼痛の分類
1. 原因による分類
- 侵害受容性疼痛: 組織の損傷によって侵害受容器が興奮することで生じる痛み。打撲、切り傷、火傷、炎症などが原因。
- 体性痛:皮膚、筋肉、骨、関節などに由来する痛み。「ズキズキ」「ジンジン」といった鋭く、部位が明確な痛みが特徴。
- 内臓痛:内臓に由来する痛み。「鈍い」「絞られるような」と表現され、部位が不明確で、関連痛(原因部位から離れた場所に感じる痛み)を伴うことがある。
- 神経障害性疼痛: 末梢または中枢神経系の損傷や機能異常によって生じる痛み。帯状疱疹後神経痛、糖尿病性神経障害、坐骨神経痛、脊髄損傷後の痛みなどが含まれる。焼けるような、電気が走るような、痺れるような痛みが特徴で、アロディニア(通常は痛みを引き起こさない刺激が痛みに感じられる状態)を伴うことがある。
- 心因性疼痛: 組織や神経の明らかな損傷がないにもかかわらず、心理的・社会的な要因によって生じる痛み。うつ病や不安障害に伴うことが多いとされる。
2. 持続期間による分類
- 急性疼痛: 組織損傷によって生じ、原因が治癒すれば消失する痛み。生体への警告信号として機能します。通常は3ヶ月以内に軽快する。
- 慢性疼痛: 治療に要すると期待される期間を超えて持続する痛み。一般的に3〜6ヶ月以上続くものを指す。警告としての役割は終え、痛みそのものが疾患となり、不安、不眠、抑うつなどを伴いやすく、QOLを著しく低下させる。
疼痛の原因
- 身体的要因
- 疾患:がん、関節リウマチ、変形性関節症、椎間板ヘルニア、心筋梗塞など。
- 外傷:骨折、打撲、捻挫、熱傷など。
- 治療に伴うもの:手術の創部痛、化学療法による口内炎や末梢神経障害、放射線治療による皮膚炎など。
- 心理的・精神的要因
- 不安、恐怖、怒り、抑うつ
- 孤独感、絶望感
- 過去の痛みの経験(トラウマ)
- 社会的要因
- 経済的な問題
- 家族や職場での人間関係のストレス
- 社会的な孤立
- 心理的要因
- 人生の意味や目的の喪失
- 死への恐怖
- 罰せられているという感覚
治療・対症療法
1. 薬物療法
- 非オピオイド鎮痛薬
- アセトアミノフェン:軽度から中等度の痛みに有効。中枢神経に作用すると考えられている。
- 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs):プロスタグランジンの産生を抑制し、鎮痛・抗炎症作用を発揮する。消化管障害や腎機能障害などの副作用に注意が必要である。
- オピオイド鎮痛薬 中枢神経のオピオイド受容体に作用し、強力な鎮痛作用を示す。中等度から高度の痛みに用いられる。便秘、嘔気、眠気などの副作用管理が重要。
- 弱オピオイド:コデイン、トラマドールなど。
- 強オピオイド:モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなど。
- 鎮痛補助薬 神経障害性疼痛や、他の鎮痛薬で効果が不十分な場合に用いられる。
- 抗うつ薬:下行性疼痛抑制系を賦活化する。
- 抗けいれん薬:神経の異常な興奮を抑制する。
- ステロイド:強力な抗炎症作用により、神経圧迫による痛みや骨転移痛を緩和する。
2. 非薬物療法(ケア)
- 物理療法:温罨法、冷罨法、マッサージ、TENS(経皮的電気神経刺激法)など。
- 心理的アプローチ:リラクゼーション、音楽療法、気晴らし(趣味、会話)、カウンセリングなど。
- 補完代替療法:鍼灸、アロマセラピーなど(実施には科学的根拠の確認と医師との連携が不可欠)。
看護のポイント
1. 正確なアセスメント
- 主観的情報の収集:痛みの部位、強さ、性質、持続時間、増悪・寛解因子などを患者自身の言葉で聴取する。PQRST(またはOPQRST)などのフレームワークを活用すると体系的に聴取できる。
- P (Provocation/Palliation): 増悪・寛解因子
- Q (Quality): 痛みの性質(ズキズキ、ジンジンなど)
- R (Region/Radiation): 部位・放散
- S (Severity): 強さ(NRS、フェイススケールなどを使用)
- T (Time course): 時間経過(いつから、持続性か突発性か)
- 客観的情報の収集:表情、言動、血圧・脈拍の上昇、発汗、呼吸数の増加などのバイタルサイン、痛みを避けるような体位や動作(疼痛回避行動)を観察する。
- 痛みの影響の評価:痛みによって日常生活(食事、睡眠、活動、気分、社会生活)にどのような影響が出ているかをアセスメントする。
2. ケアプランの立案と実践
- 個別性のある目標設定:患者と共に「痛みが〇点になったら〇〇ができる」といった具体的で達成可能な目標を設定する。
- 薬物療法の管理:医師の指示に基づき、正確な時間に鎮痛薬を投与します。「痛くなってから」ではなく「時間を決めて規則正しく(Regular)」使用することの重要性を説明します(特に慢性痛)。突出痛に対するレスキュー薬の使用方法についても指導する。
- 副作用のモニタリングと予防:特にオピオイド鎮痛薬の副作用(便秘、嘔気、眠気など)を予測し、予防的なケア(緩下剤の併用など)を行う。
- 非薬物療法の実施:安楽な体位の工夫、温罨法・冷罨法の実施、環境調整(静かな環境、快適な室温)、マッサージ、患者の好きな音楽を聴く、会話をするなど、個別性に応じたケアを提供する。
3. 患者・家族教育
- 痛みを我慢しないことの重要性を伝える。
- 鎮痛薬の効果、副作用、正しい使用方法について説明する。
- セルフケア(自分でできる痛みの緩和方法)について一緒に考え、指導する。
4. 多職種連携
医師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、臨床心理士、医療ソーシャルワーカーなど、多職種と連携し、チームとして患者の「トータルペイン」に対応することが不可欠である。
ペインスケール
ペインスケールは、痛みを数値化することで、主観的な痛みをある程度客観的に捉えることができるツールのことで、看護現場では頻繁に使用されます。
例えば、看護師が「痛みはどうですか?」と尋ねて、「大丈夫です」と患者が答えたとしても、「大丈夫」=「痛みがない」というわけではないため、患者自身にスケールを用いて痛みを表出してもらうことが大切となってきます。
また、実際にペインスケールを用いることで、より効果的に痛みが緩和できると言われています。
VASスケール
「痛みが全くない」状態を左端、「想像できる最悪の痛み」を右端とした、通常100mmの水平な線(あるいは垂直な線)を患者に提示します。患者は、現在の痛みの強さがどの程度かを線上に印で示します。看護師は、左端からその印までの距離(mm)を測定し、点数化(例: 55mm → 55点)します。
特徴
長所: 患者さんの感覚を連続的なデータとして細かく捉えることができ、研究などでよく用いられます。
短所: 点数化に定規が必要で少し手間がかかり、また、視覚や運動機能に障害がある患者には使用が難しい場合があります。
NRS
「痛みが全くない状態」を0とし、「想像できる最悪の痛み」を10とした11段階の数字(0〜10)の中から、現在の痛みの強さに最も近いものを選んでもらいます。口頭で確認できるため、最も手軽で臨床現場で広く使われている方法です。
特徴
長所: 簡便でわかりやすく、電話でのモニタリングにも使用できます。痛みの変化を経時的に評価しやすいです。
短所: 数字の持つ意味合いの解釈に個人差が出ることがあります。
フェイススケール
痛みのレベルを6つの表情(笑顔から泣き顔まで)で表したイラストを患者に見せ、現在の痛みに最も近い表情を選んでもらいます。それぞれの表情には0から10までの偶数が対応しています(0, 2, 4, 6, 8, 10)。
特徴
長所: 小児や、高齢者、認知機能が低下している方、言語的なコミュニケーションが難しい方など、数字で表現することが困難な患者にも使用できます。直感的でわかりやすいのが最大の利点です。
短所: 表情の解釈に個人差が生じる可能性があり、評価が大まかになりやすいです。
看護のポイント
- 患者に合ったスケールを選択する: 患者の年齢、認知機能、状態に合わせて最適なスケールを選びます。
- 同じスケールで継続評価する: 痛みの変化を正確に把握するため、一度使用したスケールを継続して用いるのが原則です。
- スケールの意味を説明する: 特に初回使用時には、「0が全く痛くない状態、10がこれ以上ない最悪の痛みです」というように、スケールの両端の意味をしっかり説明することが重要です。
- 点数だけでなく、その変化や意味を捉える: 例えば、「NRSが8点から5点に下がった」という事実だけでなく、それによって「少し眠れるようになった」「体を動かせるようになった」など、痛みの変化が患者さんの生活にどのような影響を与えたかをアセスメントすることが、質の高い看護につながります。