インフルエンザ脳症について|病態生理から看護のポイントまで徹底解説
あずかんインフルエンザの流行期において、小児救急や一般病棟で最も警戒すべき重篤な合併症の一つが「インフルエンザ脳症」です。発症が急激であり、予後不良や後遺症のリスクも高いため、早期発見と迅速な対応が求められます。
この記事では、インフルエンザ脳症の病態生理から原因、特徴的な症状、治療法、そして具体的な看護のポイントまでを詳しく解説します。
なぜ脳症が起こるのか
インフルエンザ脳症の病態は、ウイルスが直接脳神経細胞を破壊する「脳炎」とは異なり、主に全身性の炎症反応に伴う脳浮腫や代謝障害であると考えられています。
中心的なメカニズムは「サイトカインストーム(高サイトカイン血症)」です。
1.過剰な免疫反応
インフルエンザウイルスの感染に対し、生体の免疫系が過剰に反応します。
2.サイトカインの大量放出
TNF-αやインターロイキン(IL-6, IL-10)などの炎症性サイトカインが血中に大量に放出されます。
3.血管内皮細胞の障害
サイトカインが脳血管のバリア機能(血液脳関門)を破綻させます。
4.脳浮腫・代謝不全
血管透過性の亢進により脳浮腫が進行し、ミトコンドリア機能障害によるエネルギー代謝不全が起こります。これが意識障害やけいれんを引き起こします。
インフルエンザ脳症のリスク因子
原因ウイルス
主にインフルエンザA型(特にH3N2、H1N1pdm09など)に関連して発症することが多いですが、B型でも発症報告があります。
発症年齢
主に6歳未満の乳幼児に好発します(特に1〜2歳がピーク)。しかし、学童期や成人での発症事例もあり、年齢のみで除外することは危険です。
薬剤との関連(NSAIDs)
かつて、ボルタレン(ジクロフェナク)やポンタール(メフェナム酸)などの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用が、脳症の重症化や致死率に関与していることが示唆されました。現在、インフルエンザ時の解熱鎮痛剤にはアセトアミノフェンが推奨されており、NSAIDsの使用は原則禁忌とされています。
早期発見のための観察
インフルエンザ脳症は進行が非常に早いため、以下の兆候を見逃さないことが重要です。
初期症状(発熱から数時間〜1日以内)
多くのケースで、発熱してから24時間以内(特に数時間後)に神経症状が出現します。
- 意識障害: 呼びかけに反応が鈍い、視線が合わない、意味不明な言動、異常行動。
- けいれん: 長時間続く(重積)、または短時間に繰り返す(群発)けいれん発作。
進行期・重症化サイン
- Japan Coma Scale (JCS) の低下: JCS 20以上が持続する場合は重症化のリスクが高い。
- 異常言動・幻覚: 「変なものが見える」「急に怯える」「意味不明な言葉を話す」などは、熱せん妄との鑑別が必要ですが、脳症の初期症状の可能性があります。
診断的検査所見
- 頭部CT/MRI: びまん性の脳浮腫、視床などの対称性病変(急性壊死性脳症の場合)。
- 血液検査: AST/ALT、LDH、CKの上昇、血小板減少、DIC(播種性血管内凝血)傾向などが見られることがあります。
治療・対症療法
治療は「支持療法」と「特異的治療」の2本柱で行われます。ガイドラインに基づき、可能な限り早期(発症から24時間以内)に開始することが推奨されています。
特異的治療
サイトカインストームの抑制と脳保護を目的とします。
- ステロイドパルス療法: メチルプレドニゾロンを大量投与し、炎症を強力に抑えます。
- ガンマグロブリン療法: 高用量の免疫グロブリン製剤を投与します。
- 抗インフルエンザウイルス薬: オセルタミビル(タミフル)やペラミビル(ラピアクタ)などを投与し、ウイルス増殖を抑制します。
脳保護療法(脳低温療法)
重症例では、脳代謝を抑制し脳浮腫の進行を防ぐため、体温を34〜35℃程度に管理する脳低温療法が行われることがあります。
全身管理・支持療法
- 抗けいれん薬: ジアゼパムやミダゾラムなどでけいれんをコントロールします。
- 脳浮腫対策: マンニトールや濃グリセリンなどを使用します。
- 呼吸循環管理: 必要に応じて人工呼吸管理や循環作動薬を使用します。
看護のポイント
看護師の役割は、「異常の早期発見(トリアージ)」と「急性期の全身管理」、そして「家族ケア」です。
観察とトリアージ(発熱外来・救急外来)
インフルエンザ診断を受けた小児において、「意識がおかしい」「けいれんが止まらない」という訴えは緊急度が高いサインです。
- けいれんの性状観察: 持続時間、左右差、眼球の位置、チアノーゼの有無を記録します。
- 意識レベルの評価: GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)やJCSを用いて経時的に評価します。
急性期のケア
- 安全確保: けいれん発作時の転落防止、誤嚥防止(側臥位保持)、気道確保を行います。
- モニター管理: SpO2、心拍数、血圧の変動を常時監視し、ショックの兆候(頻脈、血圧低下、末梢冷感)に注意します。
- 水分出納管理: 脳浮腫予防のため輸液制限がかかる場合と、ショックにより急速輸液が必要な場合があります。医師の指示に基づき厳密に管理します。
家族への精神的支援
健康だった子供が急激に重篤な状態に陥るため、家族(特に両親)はパニックや強い自責の念に駆られます。
- 状況の説明: 医師からのIC(インフォームド・コンセント)に同席し、家族の理解度を確認しながら補足説明を行います。
- 感情の傾聴: 家族の不安を受け止め、寄り添う姿勢を示します。「お母さんのせいではありません」といった言葉かけが必要な場面もあります。
