尿失禁について

あずかん

尿失禁は、患者さんのQOLに大きな影響を与えるだけでなく、尊厳にも関わる重要な看護問題です。この記事では、尿失禁の病態生理から看護のポイントまでを詳しく解説します。

目次

尿失禁とは

尿失禁を理解するためには、まず正常な蓄尿と排尿のメカニズムを知る必要があります。

  • 蓄尿のメカニズム
    • 腎臓で作られた尿が膀胱に溜まる際、膀胱の壁(排尿筋)は交感神経の働きで弛緩し、内圧を低いまま容量を増やしていきます。
    • 同時に、膀胱の出口にある内尿道括約筋(自律神経支配)と外尿道括約筋(体性神経支配)は収縮し、尿が漏れないように出口を固く閉じています。このバランスによって、私たちは尿意を感じることなく尿を溜めることができます。
  • 排尿のメカニズム
    • 膀胱に一定量の尿(通常200〜400mL)が溜まると、膀胱壁の伸展受容器が刺激され、その情報が脊髄を通って大脳皮質の排尿中枢に伝わり、「尿意」として認識されます。
    • 排尿の準備が整うと、大脳からの指令で副交感神経が優位になり、排尿筋が収縮します。同時に、内尿道括約筋と外尿道括約筋が弛緩することで、尿が排出されます。

尿失禁は、この「蓄尿」と「排尿」の精緻なコントロールメカニズムのいずれか、あるいは両方が破綻することで発生します。例えば、括約筋の機能低下、排尿筋の意図しない収縮、あるいは神経系の伝達異常などが原因となります。

尿失禁の分類

尿失禁は、その原因や症状によって主に以下の4つのタイプに分類されます。混合型も存在しますが、まずは基本的な分類を理解しましょう。

分類メカニズム主な症状
腹圧性尿失禁骨盤底筋群の緩みにより、咳、くしゃみ、運動などで腹圧が上昇した際に尿道がうまく閉じず、尿が漏れる。笑ったり、重いものを持ったりした時に漏れる。
・主に女性、特に経産婦や高齢者に見られる。
切迫性尿失禁脳血管障害や加齢などにより、膀胱が過敏になり、強い尿意(尿意切迫感)が突然生じ、排尿筋が意図せず収縮してしまい、トイレまで我慢できずに漏れる。急に強い尿意を感じ、トイレが間に合わない。
水仕事や寒い場所で誘発されることがある。
男女ともに見られる。
溢流性尿失禁前立腺肥大症や神経因性膀胱などにより、排尿障害が起こり、膀胱に尿が溜まりすぎて、溢れ出るように少しずつ漏れ続ける。尿の勢いが弱い、排尿に時間がかかる。
常に尿が少しずつ漏れている感覚がある。
主に男性に見られる。
機能性尿失禁排尿機能自体は正常だが、身体的な運動機能の低下(例:麻痺、関節拘縮)や認知機能の低下(例:認知症)により、トイレでの排泄が間に合わずに失禁する。トイレの場所が分からない。
ズボンを下ろすのに時間がかかる。移動に介助が必要で間に合わない。

尿失禁の原因

尿失禁の原因は多岐にわたり、単一ではなく複数の要因が絡み合っていることが多いです。

  • 加齢: 全身の筋力低下に伴い、骨盤底筋群や尿道括約筋の機能が低下します。また、膀胱の弾力性も失われ、蓄尿量が減少する傾向にあります。
  • 妊娠・出産: 妊娠による子宮の重みや、出産による骨盤底筋群へのダメージが、腹圧性尿失禁の大きな原因となります。
  • 肥満: 過剰な体脂肪が腹圧を高め、常に膀胱を圧迫するため、腹圧性尿失禁のリスクを高めます。
  • 神経疾患: 脳梗塞やパーキンソン病、脊髄損傷など、排尿をコントロールする神経系に障害が起きると、切迫性尿失禁や溢流性尿失禁(神経因性膀胱)を引き起こします。
  • 泌尿器科的疾患:
    • 男性: 前立腺肥大症は、尿道を圧迫して排尿障害を起こし、溢流性尿失禁の原因となります。
    • 女性: 膀胱炎や間質性膀胱炎は、膀胱の知覚過敏を引き起こし、切迫性尿失禁を誘発します。
  • 薬剤の副作用: 降圧薬、抗精神病薬、筋弛緩薬など、一部の薬剤は排尿機能に影響を与え、尿失禁の原因となることがあります。
  • 生活習慣: 水分やカフェインの過剰摂取は尿量を増やし、切迫性尿失禁を悪化させる可能性があります。

治療・対症療法

治療は、尿失禁のタイプや重症度、患者さんの状態に合わせて選択されます。

治療法対象となる尿失禁タイプ具体的な内容
骨盤底筋訓練腹圧性尿失禁(軽〜中等度)膣や肛門を意識的に締める運動を繰り返すことで、骨盤底筋群を強化し、尿道を支える力を高める。継続が重要。
膀胱訓練切迫性尿失禁少しずつ排尿間隔を延ばしていく訓練。尿意を感じてもすぐにはトイレに行かず、5〜10分我慢することから始め、徐々に時間を延長する。
薬物療法切迫性尿失禁、溢流性尿失禁抗コリン薬、β3作動薬: 膀胱の異常な収縮を抑え、蓄尿量を増やす(切迫性)。
α1遮断薬: 前立腺や尿道の緊張を緩め、尿を出しやすくする(溢流性)。
手術療法腹圧性尿失禁(重度)、溢流性尿失禁TVT/TOT手術: 尿道の下にメッシュ状のテープを通し、腹圧がかかった時に尿道を支える(腹圧性)。
前立腺切除術: 肥大した前立腺を切除し、尿道の圧迫を取り除く(溢流性)。
対症療法全てのタイプパッドやおむつの使用: 患者の活動レベルや尿漏れの量に合わせて適切な製品を選択する。
カテーテル留置・自己導尿: 溢流性尿失禁で残尿が多い場合などに行われる。

看護のポイント

  1. 正確なアセスメント
    • 失禁タイプの見極め: いつ、どのような状況で、どのくらいの量が漏れるのか(排尿日誌の活用も有効)を詳細に聴取し、どのタイプの尿失禁が主体かをアセスメントする。
    • 原因の探索: 既往歴、内服薬、生活習慣、身体機能、認知機能など、多角的な情報収集を行い、背景にある原因を探る。
    • 皮膚状態の観察: 失禁によるおむつ皮膚炎(IAD)のリスクを評価するため、陰部や臀部の皮膚を定期的に観察する。
  2. 個別性のあるケアプランの立案・実施
    • セルフケア支援: 骨盤底筋訓練や膀胱訓練の指導を行い、患者が主体的に取り組めるよう支援する。具体的な方法を分かりやすく説明し、継続を励ます。
    • 環境調整
      • トイレまでの動線を確保し、障害物を取り除く。
      • 夜間は足元灯を設置する。
      • 着脱しやすい衣服を提案する。
    • 計画的なトイレ誘導: 特に機能性尿失禁や切迫性尿失禁の場合、尿意の有無に関わらず、排泄パターンに合わせて定時(例:2〜3時間ごと)にトイレへ誘導する。
  3. スキンケアの徹底
    • おむつやパッドは汚れたらすぐに交換する。
    • 洗浄時は、皮膚を強くこすらず、微温湯で優しく洗い流す。
    • 洗浄後は、しっかりと乾燥させ、必要に応じて撥水効果のある保湿・保護クリームを塗布し、皮膚のバリア機能を守る。
  4. 精神的支援
    • 患者が羞恥心や罪悪感を感じていることを理解し、プライバシーに最大限配慮した環境でケアを提供する。
    • 「恥ずかしいことではない」「一緒に改善していきましょう」という受容的な態度で接し、患者が安心して悩みを話せる関係性を築く。
    • 尿失禁が改善することで、どのような生活を取り戻したいか(例:旅行に行きたい、友人と会いたい)という希望を傾聴し、治療へのモチベーションを高める。
  5. 多職種連携
    • 医師、理学療法士、薬剤師、ケアマネージャーなどと情報を共有し、連携してアプローチする。特に、薬剤の副作用が疑われる場合や、専門的なリハビリテーションが必要な場合には、速やかな情報共有が不可欠である。
参考資料
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