尿失禁について

あずかん

尿失禁は、尿を意図せずに漏らしてしまう状態を指し、患者の生活の質に大きな影響を与えることがあります。
この記事では、尿失禁について詳しく解説していきます。

目次

病態生理

腹圧性尿失禁

腹圧性尿失禁は、咳やくしゃみ、笑う、重いものを持ち上げるなど、お腹に力が入った時に尿が漏れてしまう状態です。これは、骨盤底筋群と呼ばれる膀胱や尿道を支える筋肉が弱くなることが主な原因で、特に女性の場合、妊娠や出産、加齢によって骨盤底筋がダメージを受けやすく、腹圧性尿失禁を起こしやすい傾向にあります。

このタイプの尿失禁では、常に尿意があるわけではなく、特定の動作で腹圧が上昇した際に尿が漏れるという特徴があります。漏れる尿の量は少量であることが多いですが、その頻度や量によっては日常生活に支障をきたすこともあります。

切迫性尿失禁

切迫性尿失禁は、「突然強い尿意を感じ、トイレまで我慢できずに漏れてしまう」という特徴を持つ尿失禁です。これは、膀胱の過活動が原因であることが多く、尿が少量しか溜まっていないにも関わらず、膀胱が勝手に収縮して強い尿意を引き起こします。

このタイプの尿失禁は、脳血管疾患の後遺症やパーキンソン病などの神経系の疾患、あるいは原因が特定できない「過活動膀胱」として起こることがあります。突然の強い尿意は患者さんにとって非常に苦痛であり、外出を控えるなど、日常生活に大きな制限をもたらす可能性があります。

溢流性尿失禁

溢流性尿失禁は、膀胱に尿が十分に溜まっているにも関わらず、排尿困難や尿意の低下があり、少しずつ尿が溢れ出てしまう状態です。「ちょろちょろと少量ずつ漏れる」「常に下着が濡れている」といった訴えが特徴的です。

このタイプの尿失禁は、尿路の閉塞や膀胱の収縮力の低下が主な原因となります。男性では前立腺肥大症による尿道の圧迫、女性では骨盤臓器脱による尿道の屈曲などが尿路閉塞の原因として挙げられます。また、糖尿病による神経障害や脊髄損傷などによって膀胱の収縮力が低下することも溢流性尿失禁を引き起こします。

機能性尿失禁

機能性尿失禁は、膀胱や尿道の機能そのものには問題がないにも関わらず、身体的あるいは認知的な障害によってトイレまで間に合わずに漏れてしまう状態です。つまり、尿意は正常に感じているにも関わらず、トイレまで移動できなかったり、トイレの場所が分からなかったりすることが原因となります。

このタイプの尿失禁は、認知症による判断力の低下、関節リウマチや脳卒中による運動機能の低下、視力障害による移動の困難などが主な原因として挙げられます。高齢者や要介護度の高い方に多く見られます。

診断方法

病歴の聴取

病歴の聴取は、尿失禁のタイプや原因をある程度推測し、その後の検査の方向性を決定することができます。

  • 尿失禁が始まった時期と経過: いつ頃から尿失禁が始まったのか、症状は徐々に悪化しているのか、突然始まったのかなどを把握します。
  • 尿失禁の状況: どのような時に尿が漏れるのか(咳やくしゃみをした時、運動した時、急に尿意を感じた時など)、どのくらいの量の尿が漏れるのかなどを具体的に聞きます。これは、腹圧性尿失禁、切迫性尿失禁、溢流性尿失禁などの鑑別に繋がります。
  • 尿失禁以外の症状: 頻尿、排尿困難、排尿時痛、残尿感などの有無を確認します。これらの症状は、膀胱炎や前立腺肥大症など、尿失禁の原因となりうる疾患を示唆する場合があります。
  • 既往歴: 過去にかかった病気や手術(特に骨盤内の手術や帝王切開など)、出産歴などを確認します。これらは骨盤底筋の機能に影響を与える可能性があります。
  • 内服薬: 現在服用している薬を確認します。一部の薬剤(利尿薬や精神安定剤など)は、尿失禁の原因となることがあります。
  • 生活習慣: 飲水量、カフェインやアルコールの摂取量、喫煙習慣、排便状況などを聞きます。これらも尿失禁に影響を与える要因となります。
  • QOL(Quality of Life): 尿失禁が日常生活や精神面にどのような影響を与えているかを確認します。患者さんの抱える苦痛や困惑を理解することは、精神的なサポートを行う上でも重要です。

身体検査

身体検査は、尿失禁のタイプや原因を特定するための客観的な情報であり、その後の精密検査の必要性を判断する上で役立ちます。

  • 腹部診察: 膀胱の腫大(尿閉の可能性)や圧痛などを確認します。
  • 内診(女性の場合): 骨盤臓器脱(子宮脱、膀胱瘤など)の有無を確認します。これらは腹圧性尿失禁の原因となることがあります。また、経腟超音波検査と併せて行うこともあります。
  • 直腸診(男性の場合): 前立腺の大きさや硬さを確認します。前立腺肥大症は男性の尿失禁(特に溢流性尿失禁)の一般的な原因です。
  • 神経学的検査: 下肢の感覚や運動機能、肛門括約筋の収縮力を確認します。尿失禁は神経系の疾患(脳卒中や脊髄損傷、パーキンソン病など)によって引き起こされることもあり、これらの検査は神経因性膀胱の診断に役立ちます。特に、球海綿体反射の確認は、骨盤神経の機能を評価する上で重要です。
  • 咳テスト(stress test): 患者さんに咳をしてもらい、尿漏れの有無を確認します。これは腹圧性尿失禁を評価する簡単な方法です。
  • パットテスト(pad test): 一定時間(通常1時間または24時間)ナプキンやパッドを装着してもらい、その重さの変化で尿漏れの量を測定します。客観的に尿失禁の程度を評価することができます。

尿検査

尿検査は、尿路感染症や血尿など、尿失禁の原因となりうる疾患を除外したり、合併症を確認したりするために行われます。

  • 尿定性・定量検査: 尿中の糖、蛋白、潜血、白血球、細菌などの有無を調べます。
    • 白血球や細菌: これらが検出された場合、尿路感染症が疑われます。尿路感染症は、切迫性尿失禁や一時的な尿失禁の原因となることがあります。
    • 潜血: 尿路結石や腫瘍の可能性を示唆することがあります。
    • 蛋白や糖: 腎疾患や糖尿病の合併を示唆することがあります。
  • 尿沈渣検査: 尿を遠心分離して得られる沈殿物を顕微鏡で観察し、細胞成分(白血球、赤血球、上皮細胞など)や結晶、円柱などを調べます。これにより、炎症の程度や尿路系の異常をより詳しく評価できます。
  • 尿培養検査: 尿中の細菌の種類とその薬剤感受性を調べます。尿路感染症が疑われる場合に、適切な抗生剤を選択するために行われます。

膀胱日誌

膀胱日誌は、患者自身に一定期間(通常2〜3日間)の排尿状況を記録してもらうものです。客観的に排尿パターンや尿失禁の状況を把握するために非常に有用なツールです。以下の内容を記録していきます。

  • 排尿した時刻
  • 排尿量: 可能な場合は、目盛りのついた容器などを使用して測定してもらいます。
  • 尿失禁があった時刻
  • 尿失禁の量と状況: 少量か多量か、どのような動作をした時に漏れたかなどを具体的に記録します。
  • 飲水量とその種類
  • 尿意切迫感の有無: 強い尿意を感じたかどうかを記録します。

膀胱日誌から得られる情報から、以下のことを分析できます。

  • 1日の排尿回数: 頻尿の程度を把握できます。
  • 1回の排尿量: 少量頻回な排尿は、膀胱容量の減少や過活動膀胱を示唆することがあります。
  • 夜間の排尿回数(夜間頻尿):
  • 尿失禁のパターン: 特定の時間帯や特定の動作で尿失禁が多くみられるかなどを把握できます。
  • 飲水量と尿量のバランス: 過剰な水分摂取が尿失禁に関与しているかなどを評価できます。

尿流量測定

尿流量測定(ウロフロメトリー)は、排尿時の尿の勢いや量をグラフ化して測定する検査です。膀胱や尿道の機能を評価するために行われます。特に男性の尿失禁(前立腺肥大症に伴う溢流性尿失禁など)や、排尿困難を伴う尿失禁の診断において重要な情報となります。

検査は、専用の機器(ウロフロメトリー装置)を使用して行われます。患者は、尿意を感じたらいつも通り排尿するだけで、装置が排尿時間、最大尿流量(一番勢いよく出ている時の尿の量)、平均尿流量、排尿量などを自動的に測定し、グラフとして表示します。

  • 最大尿流量の低下: 尿道の狭窄(前立腺肥大症や尿道狭窄など)や膀胱の収縮力の低下を示唆することがあります。
  • 排尿時間の延長: 同様に尿道狭窄や膀胱の収縮力低下を示唆します。
  • グラフの形状: 正常な排尿では山形のグラフになりますが、異常がある場合は平坦になったり、途中で途切れたりします。

画像検査

尿失禁の診断において、必要に応じて画像検査が行われます。他の検査で得られた情報と合わせて、尿路系の形態的な異常や、尿失禁の原因となりうる疾患を視覚的に確認することができます。

  • 超音波検査(エコー検査): 膀胱、腎臓、尿管、前立腺(男性)、子宮・卵巣(女性)などの形状や大きさを調べます。残尿量の測定や、膀胱結石、腎結石、腫瘍などの有無を確認するのに有用です。特に、排尿前後の膀胱の超音波検査は、残尿量の評価に役立ちます。
  • 単純X線検査: 尿路結石の有無を確認するのに用いられます。
  • 排泄性尿路造影(DIP): 造影剤を静脈注射し、腎臓から尿管、膀胱へと造影剤が排泄されていく様子をX線撮影する検査です。尿路系の閉塞や狭窄、形態異常などを詳しく調べることができます。
  • CT検査、MRI検査: より詳細な画像情報が得られ、尿路系の複雑な病変や周囲の臓器との関係、神経系の異常などを評価するのに用いられます。骨盤部の病変や神経因性膀胱の原因検索などに有用です。
  • 膀胱尿道造影(VCUG): 膀胱に造影剤を注入し、排尿時の膀胱と尿道の形状や動きをX線透視で観察する検査です。膀胱尿管逆流や尿道狭窄、膀胱憩室などの診断に有用です。女性の腹圧性尿失禁において、膀胱頸部の下垂の程度を評価するためにも行われることがあります。

治療方法・対症療法

生活習慣の改善

生活習慣の改善は、尿失禁の基本的な治療法です。
まず、水分摂取量の調整が挙げられます。過剰な水分摂取は尿量を増やし、尿失禁を悪化させる可能性がありますが、極端な制限も脱水や便秘を招くため、適切な量を摂取することが重要です。特に寝る前の水分摂取は控えめにすることが推奨されます。カフェインやアルコールは利尿作用があり、膀胱を刺激するため、摂取量を減らすことも効果的です。

次に、規則正しい排尿習慣をつけることが大切です。時間を決めて定期的にトイレに行く「定時排尿」や、尿意を感じてから少し我慢する「膀胱訓練」は、膀胱の容量を増やし、尿意切迫感を軽減するのに役立ちます。また、便秘は膀胱を圧迫し、尿失禁を悪化させる要因となるため、食物繊維を多く含む食事を摂るなどして便秘を解消することも重要です。

適度な運動は全身の健康維持に繋がり、肥満の解消にも役立ちます。肥満は腹圧を高め、腹圧性尿失禁の原因となるため、体重管理は尿失禁の改善に繋がります。そして、喫煙は咳を誘発し、腹圧性尿失禁を悪化させる可能性があるため、禁煙も考慮すべき重要な生活習慣の改善点です。

骨盤底筋トレーニング

骨盤底筋トレーニングは、特に腹圧性尿失禁に対して有効な治療法です。骨盤底筋は、膀胱や子宮、直腸などの骨盤内臓器を支える筋肉群で、尿道や肛門を締め付ける役割も担っています。この筋肉が弱くなることで、咳やくしゃみ、重い物を持つなどの腹圧がかかった際に尿漏れが生じやすくなります。

骨盤底筋トレーニングは、この筋肉を意識的に収縮・弛緩させることで筋力を強化し、尿道を締める力を向上させることを目的とします。トレーニングの基本的な方法は、まず仰向けに寝たり椅子に座ったりしてリラックスした姿勢をとります。次に、尿意を我慢するような感覚で、肛門や膣をキュッと締め付けます。この状態を数秒間保持し、ゆっくりと力を緩めます。これを10回程度繰り返し、1日に数セット行います。重要なのは、お腹やお尻に力を入れすぎないように、骨盤底筋だけを意識して動かすことです。効果が現れるまでには通常数週間から数ヶ月かかるため、継続することが非常に重要です。

薬物療法

薬物療法は、主に切迫性尿失禁や混合性尿失禁の治療に用いられます。切迫性尿失禁は、急な強い尿意が生じ、トイレまで我慢できない症状が特徴で、膀胱の過活動が原因の一つと考えられています。薬物療法では、この膀胱の過活動を抑える薬が主に処方されます。代表的な薬剤として、抗コリン薬やβ3アドレナリン受容体作動薬があります。

抗コリン薬は、膀胱の収縮に関わるアセチルコリンの働きをブロックすることで、膀胱の過剰な収縮を抑えます。これにより、尿意切迫感や頻尿を軽減する効果が期待できます。ただし、口渇、便秘、目の調節障害などの副作用が出現する可能性があります。

β3アドレナリン受容体作動薬は、膀胱の筋肉を弛緩させる作用があり、膀胱の容量を増やすことで切迫性尿失禁の症状を緩和します。抗コリン薬と比較して副作用が少ないとされていますが、動悸や血圧上昇などの副作用が起こる可能性もあります。これらの薬剤は、患者さんの症状や基礎疾患、併用薬などを考慮して医師が選択します。薬物療法は症状を緩和する対症療法であり、原因そのものを治療するものではありません。また、効果や副作用には個人差があります。

行動療法

行動療法は、患者自身が排尿パターンや生活習慣を意識的に変えることで、尿失禁の改善を目指す治療法です。薬物療法や手術療法と異なり、副作用の心配がなく、患者さんの主体的な取り組みが重要となります。主な行動療法には、膀胱訓練、定時排尿、骨盤底筋トレーニング、水分・食事管理などがあります。

膀胱訓練は、尿意を感じてもすぐにトイレに行かず、少しずつ我慢する時間を延ばしていく訓練です。これにより、膀胱の容量を増やし、尿意切迫感を軽減することを目的とします。患者自身が排尿日誌をつけ、排尿間隔や尿量を記録することで、自身の排尿パターンを把握し、目標を設定するのに役立ちます。

定時排尿は、尿意の有無に関わらず、あらかじめ決めた時間ごとに排尿する訓練です。特に、認知機能が低下している高齢者や、尿意を感じにくい患者に有効な場合があります。水分・食事管理では、利尿作用のある飲み物(カフェインやアルコール)を控えることや、便秘を解消するための食事指導を行います。

外科的治療

外科的治療は、他の治療法で十分な効果が得られない場合や、特定の種類の尿失禁(特に腹圧性尿失禁や、膀胱脱などの骨盤臓器脱に伴う尿失禁)に対して検討される治療法です。しかし、外科的治療は侵襲を伴うため、患者さんの全身状態や合併症のリスクなどを慎重に評価した上で適応が判断されます。

腹圧性尿失禁に対する代表的な手術として、スリング手術があります。これは、ポリプロピレン製のメッシュなどの人工物や自己組織を用いて、尿道の下をハンモック状に支えることで、腹圧がかかった際に尿道が下がるのを防ぎ、尿漏れを改善する手術です。Tension-free Vaginal Tape (TVT) や Transobturator Tape (TOT) など、いくつかの術式があります。これらの手術は、比較的低侵襲で効果が高いとされていますが、メッシュ関連の合併症(疼痛、びらん、感染など)のリスクも報告されています。骨盤臓器脱に伴う尿失禁に対しては、膀胱や子宮などの下がった臓器を元の位置に戻す手術(例えば、メッシュを用いた仙骨膣固定術など)が同時に行われることもあります。

切迫性尿失禁に対する外科的治療としては、ボツリヌス毒素の膀胱壁内注入や、仙骨神経刺激療法(SNM)などがあります。ボツリヌス毒素注入は、膀胱の過活動を抑える効果がありますが、効果は一時的であり、繰り返しの治療が必要です。SNMは、仙骨神経に電気刺激を与えることで、膀胱の働きを調整し、切迫性尿失禁や非閉塞性尿閉の症状を改善する治療法です。

デバイスの使用

デバイスの使用は、尿失禁の症状を管理し、QOLを向上させるための対症療法として広く用いられています。特に、他の治療法で十分な効果が得られない場合や、手術が難しい患者さんにとって有効な選択肢となります。

女性の場合、ペッサリーは骨盤臓器脱に伴う尿失禁に効果的なデバイスの一つです。膣内に挿入し、下がった膀胱や子宮を支えることで、腹圧性尿失禁や切迫性尿失禁の症状を緩和する効果が期待できます。様々な形状やサイズがあり、医師や看護師の指導のもと、適切なものを選び、定期的な交換や洗浄が必要です。

男性の場合、外部カテーテルは、尿を収集するためのデバイスです。陰茎に装着し、チューブで蓄尿袋に繋ぎます。夜間の尿失禁や、活動量の少ない患者に有用ですが、皮膚トラブルや尿路感染のリスクがあるため、適切なケアと管理が必要です。また、尿道カテーテルは、膀胱内に留置して持続的に排尿を促すデバイスですが、長期留置は尿路感染のリスクが高く、原則として短期的な使用に限定されます。

尿失禁用のパッドやパンツは、漏れた尿を吸収し、皮膚を保護するための製品です。様々な吸収量や形状があり、患者の尿失禁の程度や活動量に応じて選択します。これらのデバイスは、尿失禁そのものを治療するものではありませんが、患者の日常生活をサポートし、社会活動への参加を可能にする上で重要な役割を果たします。

あずかん

排泄に関する問題は、患者のQOLの低下を招くだけだはなく、
自尊心を傷つける事にもつながります。
排尿障害について学び、患者に寄り添える看護を行いましょう。

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