過敏性腸症候群(IBS)の病態から看護のポイントまで徹底解説

過敏性腸症候群(IBS)は、器質的疾患がないにもかかわらず、腹痛や腹部不快感、便通異常が持続する機能性の消化管疾患です。
この記事では、過敏性腸症候群の病態生理から看護のポイントまで詳しく解説します。
過敏性腸症候群(IBS)とは
IBSの病態生理は完全には解明されていませんが、主に以下の2つの要因が関与していると考えられています。
消化管の運動異常
腸管の蠕動運動が過剰になったり、逆に低下したりすることで、下痢や便秘といった便通異常が引き起こされます。これは、セロトニンなどの消化管ホルモンや神経伝達物質の異常が関与していると考えられています。
内臓知覚過敏
通常では痛みとして感じないような、腸管内のガスや便によるわずかな刺激を「痛み」として感じてしまう状態です。ストレスなどが原因で、脳から腸への信号伝達に異常が生じ、知覚過敏が起こるとされています。
これら2つの要因が複雑に絡み合い、「脳腸相関」と呼ばれる脳と腸の相互作用の異常が、IBSの根本的な病態であると考えられています。
過敏性腸症候群の原因
IBSの明確な原因は特定されていませんが、複数の要因が発症に関与しているとされています。
- ストレス: 精神的なストレスは、脳腸相関に影響を与え、IBSの症状を誘発・悪化させる最大の要因の一つです。
- 遺伝的要因: 家族内にIBSの患者がいる場合、発症リスクが高まることが報告されています。
- 感染性腸炎: 細菌やウイルスによる感染性腸炎の後に、IBSを発症することがあります(感染後IBS)。
- 食事: 脂肪の多い食事、アルコール、香辛料、特定の炭水化物(FODMAP)などが、症状を誘発することがあります。
- 腸内細菌叢の乱れ: 腸内フローラのバランスが崩れることも、IBSの一因と考えられています。
過敏性腸症候群の症状
IBSの主な症状は、腹痛・腹部不快感と便通異常です。国際的な診断基準(ローマ基準Ⅳ)に基づき、症状によって以下の病型に分類されます。
便秘型(IBS-C): 硬い便や兎糞状便が多く、排便回数が週3回未満。
下痢型(IBS-D): 軟便や水様便が多く、排便回数が1日4回以上。
混合型(IBS-M): 便秘と下痢を繰り返す。
分類不能型(IBS-U): 上記のいずれにも当てはまらない。
これらの症状に加え、腹部膨満感、おなら、残便感、吐き気、頭痛、疲労感、抑うつ気分など、多彩な症状を伴うことも少なくありません。特に、排便によって腹痛が軽快する点が特徴的です。
治療・対症療法
IBSの治療は、単一の方法で完治を目指すのではなく、症状をコントロールし、QOLを向上させることを目標とします。
生活習慣の改善
- 食事療法: バランスの取れた食事を基本とし、症状を誘発する食品を避けます。近年では、発酵性の高い炭水化物群である「低FODMAP食」が有効な場合があります。
- 運動療法: ウォーキングなどの適度な運動は、腸管運動を整え、ストレス解消にも繋がります。
- 十分な休養と睡眠: 生活リズムを整え、心身のストレスを軽減します。
薬物療法
症状に合わせて、対症的に薬物を使用します。
- 消化管運動機能改善薬: 腸の運動を調整し、腹痛や便通異常を改善します。
- 高分子重合体: 水分を吸収して便の硬さを調整します。下痢型・便秘型ともに用いられます。
- 下剤: 便秘型に対して、便を柔らかくしたり、腸の動きを促進したりします。
- 止痢薬: 下痢型に対して、腸の過剰な運動を抑えます。
- 抗うつ薬・抗不安薬: ストレスや不安が強い場合に、脳腸相関に作用させて症状を緩和する目的で処方されることがあります。
心身医学的治療
- 心理療法: 認知行動療法などを通じて、ストレスへの対処法を学びます。
看護のポイント
症状のアセスメントと記録
- 詳細な情報収集
腹痛の部位、性質、タイミング、便の性状(ブリストル便形状スケールを活用)、食事内容、生活習慣、ストレス状況などを丁寧に聴取します。 - 症状日記の活用
患者に食事内容や症状の記録を付けてもらうことで、症状のパターンや増悪因子を客観的に把握し、セルフケアに繋げることができます。
苦痛の共感と精神的支援
- 傾聴と受容
患者は「気のせい」「怠けている」などと周囲から理解されず、孤立感を抱えていることがあります。訴えを真摯に傾聴し、つらい気持ちに寄り添う姿勢が信頼関係の構築に繋がります。 - 疾患教育
IBSが器質的疾患ではないこと、しかし、気のせいではなく実際に症状が出ている機能性の疾患であることを説明し、患者の不安を軽減します。
セルフケア支援
- 生活習慣指導
薬物療法だけに頼るのではなく、食事療法や運動療法など、患者自身が主体的に取り組めるセルフケアの重要性を伝え、継続できるよう支援します。 - 排便コントロール
患者とともに排便状況を評価し、適切なタイミングでの緩下剤の使用や、排便習慣の確立を支援します。 - ストレスマネジメント
患者に合ったストレス対処法(リラクゼーション法、趣味など)を一緒に考え、提案します。