高浸透圧高血糖症候群(HHS)とは?DKAとの違いから治療、看護のポイントまで徹底解説

高浸透圧高血糖症候群(HHS)は、糖尿病の急性合併症の中でも特に重篤で、生命を脅かす状態です。主に2型糖尿病の高齢者に見られ、著しい高血糖と脱水、そして高い血漿浸透圧を特徴とします。
この記事では、病態生理から原因、症状、治療、そして看護のポイントまで、DKA(糖尿病ケトアシドーシス)との違いも交えながら詳しく解説します。
なぜHHSは起こるのか
HHSの病態の中心にあるのは、「インスリンの相対的欠乏」と「極度の脱水」です。
- インスリンの相対的欠乏
HHSでは、インスリンの作用が全くないわけではなく、ある程度は保たれています。このため、脂肪の分解(ケトン体の産生)は抑制され、DKAのような著しいケトアシドーシスにはなりません。しかし、糖の利用は不十分なため、血糖値は著しく上昇します(600mg/dL以上)。 - 高血糖による浸透圧利尿
血糖値が異常に高くなると、腎臓の尿細管で糖を再吸収しきれなくなり、尿中に糖が大量に漏れ出します(尿糖)。糖は水分を引きつける性質があるため、尿量が増加し(浸透圧利尿)、体内の水分が大量に失われます。 - 悪循環の形成
脱水が進むと、循環血液量が減少し、腎血流量も低下します。これにより腎機能が悪化し、さらに糖の排泄が困難になり、血糖値が上昇するという悪循環に陥ります。 - 高浸透圧
著しい高血糖と脱水により、血液の浸透圧が非常に高くなります(通常320mOsm/L以上)。この高い浸透圧が、中枢神経症状をはじめとするHHS特有の重篤な症状を引き起こします。
DKA(糖尿病ケトアシドーシス) | HHS(高浸透圧高血糖症候群) | |
---|---|---|
インスリン | 絶対的欠乏 | 相対的欠乏 |
血糖値 | 250mg/dL以上 | 600mg/dL以上 |
ケトン体 | 著しく増加(ケトアシドーシス) | 軽度増加または正常 |
血漿浸透圧 | 正常〜高値 | 著しく高値 (320mOsm/L以上) |
脱水 | 中等度 | 高度・重篤 |
主な対象 | 1型糖尿病 | 2型糖尿病(特に高齢者) |
HHSの引き金となるものは
HHSは、インスリン需要が増大するような身体的ストレスが引き金となって発症します。
感染症: 肺炎や尿路感染症が最も多い誘因で、感染による炎症や発熱は、インスリン抵抗性を増大させます。
脱水: 口渇感の低下している高齢者で、水分摂取が不十分な場合に起こりやすいです。
薬剤: ステロイド薬、利尿薬、一部の抗精神病薬などは血糖値を上昇させる可能性があります。
重篤な疾患: 心筋梗塞、脳卒中、膵炎、熱傷など。
治療の中断: 糖尿病治療薬(経口血糖降下薬やインスリン)の自己中断。
糖分の過剰摂取: 清涼飲料水の多飲(ペットボトル症候群)など。
何に注意して観察すべきか
HHSの症状は、数日から数週間かけてゆっくりと進行することが多く、発見が遅れがちです。
特に高度の脱水と中枢神経症状が特徴です。
- 高度脱水の徴候
- 皮膚・粘膜の乾燥: 口腔内乾燥、皮膚のツルゴールの低下。
- 頻脈・低血圧: 循環血液量減少による。
- 尿量の変化: 初期は多尿ですが、脱水が進行すると乏尿・無尿になります。
- 中枢神経症状
- 意識障害: 最も重要な徴候です。傾眠、錯乱、昏睡など、様々なレベルの意識障害が見られます。
- けいれん: 部分けいやんや全身けいれんが起こることがあります。
- 局所神経症状: 片麻痺など、脳卒中と紛らわしい症状が出現することもあります。
- その他の症状
- 極度の口渇、多飲、多尿(初期)。
- 全身倦怠感、脱力感。
- DKAで見られるような腹痛、悪心・嘔吐は比較的少ないか軽度です。また、クスマウル大呼吸も通常は見られません。
治療・対症療法
HHSの治療は緊急を要し、①大量輸液による脱水の補正、②インスリン投与による高血糖の是正、③電解質補正の3つを柱として、慎重に行われます。
- ① 大量輸液(最優先)
- 治療の基本であり、最も重要な介入です。生理食塩水(0.9% NaCl)を用いて、循環動態を安定させ、腎血流を確保し、血糖値を低下させます。
- 最初の1〜2時間で1〜1.5L程度の急速輸液を行い、その後も脱水の程度に応じて継続します。
- 急激な浸透圧の低下は脳浮腫のリスクを高めるため、モニタリングをしながら慎重に投与速度を調整します。
- ② インスリン療法
- 大量輸液を開始し、循環動態が安定してから、持続静注でインスリン(速効型または超速効型)を投与します。
- DKAよりも少量のインスリンで血糖値が低下しやすい傾向があります。血糖値の低下速度が速すぎると脳浮腫のリスクがあるため、1時間に50〜75mg/dL程度の緩やかな低下を目指します。
- 血糖値が250〜300mg/dL程度まで低下したら、ブドウ糖液の輸液を開始し、低血糖を防ぎます。
- ③ 電解質補正
- 特にカリウム(K)の管理が重要です。インスリン投与により、カリウムが血中から細胞内に移動するため、血清カリウム値は急激に低下する危険があります。
- 治療開始時の血清カリウム値が高くても、体内の総カリウム量は欠乏していることが多いです。尿量を確認しながら、早期からカリウムの補充を開始します。
看護のポイント
HHSの患者は、高齢で多くの合併症を持つことが多く、綿密な全身管理と合併症予防が不可欠です。
バイタルサインと意識レベルの厳密な観察
血圧、脈拍、呼吸数、SpO2、体温に加え、意識レベル(JCS/GCS)を頻回に評価し、変化を早期に捉えます。特に、治療中の意識レベルの悪化は脳浮腫の兆候である可能性があり、直ちに医師に報告が必要です。
正確な水分出納管理
輸液量、尿量、不感蒸泄などを正確に記録し、水分の出納バランスを厳密に管理します。尿道カテーテルが挿入されることが多いため、その管理も重要です。
血糖値と電解質のモニタリングと管理
頻回の血糖測定と、指示されたインスリン投与量を正確に実施します。低血糖症状(冷や汗、動悸、手指の震えなど)の発現に注意します。
検査データ(特にK, Na)をタイムリーに確認し、不整脈のモニタリング(心電図モニター)も行います。
合併症の予防
脳浮腫: 急激な血糖・浸透圧の低下を防ぐことが最も重要です。頭痛、嘔吐、意識レベルの低下などの兆候に注意します。
深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症(PE): 高度の脱水により血液が濃縮しているため、リスクが非常に高いです。弾性ストッキングの着用や間欠的空気圧迫法、早期離床、抗凝固療法の管理が重要です。
褥瘡・感染予防: 意識障害や全身状態の悪化により、不動状態が続くため、定期的な体位変換、スキンケア、口腔ケアを徹底します。
家族への心理的サポート
突然の危機的状況に、患者のご家族は大きな不安を抱えています。病状や治療方針について、医師からの説明を補足し、分かりやすい言葉で伝えるとともに、家族の不安や疑問に耳を傾け、精神的な支えとなることも看護師の重要な役割です。