せん妄の病態生理から看護のポイントまで徹底解説

せん妄は、特に急性期医療や高齢者医療の現場で頻繁に遭遇する精神機能の障害です。患者さんの安全を脅かし、入院期間の延長や予後不良にもつながるため、早期発見と適切なケアが不可欠です。
この記事では、せん妄の基本的な知識から実践的な看護のポイントまでを分かりやすく解説します。
せん妄とは
せん妄の正確な病態生理はまだ完全には解明されていませんが、脳内の神経伝達物質の不均衡が主な原因と考えられています。特に、以下の2つの神経伝達物質の関与が指摘されています。
アセチルコリンの低下
記憶や学習、注意機能に重要な役割を果たすアセチルコリンの機能が低下することで、せん妄の症状が引き起こされると考えられています。抗コリン作用を持つ薬剤がせん妄を誘発しやすいのはこのためです。
ドパミンの過剰
興奮、幻覚、妄想などに関わるドパミンの活動が相対的に過剰になることも、せん妄の陽性症状(活動性が高い状態)の一因とされています。
これらの神経伝達物質のバランスが、手術、感染症、薬剤、環境の変化といった様々な身体的・環境的ストレスによって崩れることで、脳の機能不全が生じ、せん妄が発症すると考えられています。
せん妄の3つの原因(準備因子・直接因子・促進因子)
せん妄の原因は一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症します。原因は大きく分けて「準備因子」「直接因子」「促進因子」の3つに分類されます。
因子分類 | 具体例 | |
---|---|---|
準備因子 | せん妄になりやすい、もともと持っている素因。 | 高齢(特に75歳以上)、認知症、脳血管障害の既往、身体機能の低下、複数の併存疾患 |
直接因子 | せん妄発症の直接的な引き金となる身体的な原因。 | 身体疾患(感染症、脱水、低酸素血症、代謝異常)、手術、薬剤(オピオイド、ベンゾジアゼピン系、ステロイドなど)、アルコール離脱 |
促進因子 | せん妄の発症や持続を助長する環境的な要因。 | 身体拘束、カテーテル類の留置、騒音、不適切な照明(昼夜逆転)、頻繁な部屋移動、痛み、心理的ストレス |
これらの因子が重なり合ったときに、せん妄は発症しやすくなります。例えば、高齢で認知症のある患者(準備因子)が、手術(直接因子)を受け、ICUの騒がしい環境(促進因子)にいる場合、せん妄を発症するリスクは非常に高くなります。
せん妄の症状
せん妄の症状は、その活動性のレベルによって「過活動型」「低活動型」「混合型」の3つに分類されます。特に見逃されやすい「低活動型」への注意が必要です。
- 注意力の低下
- 会話の途中で話が逸れたり、指示が頭に入らなかったりします。これはせん妄の中核症状です。
- 思考の混乱
- 見当識障害(時間、場所、人が分からない)、話のつじつまが合わない、支離滅裂な言動が見られます。
- 意識レベルの変動
- 日内や時間内で、覚醒レベルがはっきりしている時と、ぼんやりしている時を繰り返します。
- 精神運動性の変化
- 過活動型 : 落ち着きがなく、興奮状態にあります。大声を出す、点滴を自己抜去しようとする、ベッドから降りようとするなどの行動が見られます。幻覚(特に幻視)や妄想を伴いやすいです。
- 低活動型: 活動性が著しく低下し、傾眠傾向になります。「おとなしい患者さん」と誤解されがちですが、実際にはせん妄状態にあります。ぼんやりしていて、呼びかけへの反応が鈍く、自発的な発言や動きが少なくなります。発見が遅れやすく、予後が悪いとされています。
- 混合型 : 過活動型と低活動型の状態を、数時間から数日の間で行き来します。
治療・対症療法
せん妄の治療の基本は、原因となっている直接因子の特定と除去です。
- 原因検索と治療
- 感染症、脱水、電解質異常、低酸素など、せん妄を引き起こしている身体的な問題を治療します。
- 薬剤の調整
- せん妄の原因となりうる薬剤(特に抗コリン薬、ベンゾジアゼピン系薬剤など)の中止や変更を検討します。
- 薬物療法
- 興奮や幻覚・妄想が強く、患者さん自身の安全が脅かされる場合や、ケアに支障をきたす場合に、対症療法として抗精神病薬(リスペリドン、クエチアピン、ハロペリドールなど)を少量から使用します。
- ただし、薬物療法は根本治療ではなく、副作用のリスクもあるため、非薬物療法が優先されます。
- 非薬物療法(環境調整)
- 後述する看護のポイントで詳しく解説します。
看護のポイント
せん妄ケアにおいて、看護師の役割は非常に重要です。特に非薬物療法である環境調整やコミュニケーションは、せん妄の予防と早期回復に不可欠です。
安全の確保
- 転倒・転落の予防
- ベッド周りの環境を整備し、低床ベッドや離床センサーを活用します。過度な身体拘束はせん妄を悪化させるため、可能な限り避けます。
- 自己抜去の防止
- 点滴やドレーン類は、患者の視界に入りにくいように衣類で隠すなどの工夫をします。ミトンによる拘束は最後の手段と考えます。
見当識の維持・促進
- 現実見当識の提供 (リアリティ・オリエンテーション)
- 患者に接する際は、必ず名前を呼び、自分の名前と役割を伝えます。「今は朝の10時ですよ」「ここは〇〇病院です」など、時間や場所の情報を繰り返し、穏やかに伝えます。
- 環境の手がかり
- 時計やカレンダーを患者の見える場所に置きます。窓から外が見えるようにし、昼夜の区別がつきやすい環境を作ります。
安心できる環境の提供
- 穏やかなコミュニケーション
- 低い声で、短く、分かりやすい言葉で話しかけます。患者の言動を否定せず、まずは受け止めて傾聴する姿勢が重要です。幻覚や妄想を訴える場合は、「怖い思いをされたのですね」と感情に寄り添います。
- 人的環境の継続性
- 可能であれば、担当の看護師を固定し、患者が安心できる関係性を築きます。家族の面会や協力も、患者の安心につながります。
- 感覚器の調整
- 眼鏡や補聴器が合っているか確認し、必要であれば装着を促します。
睡眠・覚醒リズムの調整
- 日中の離床と活動促進
- 可能な範囲で日中はベッドから離れて過ごす時間を増やし、リハビリやレクリエーションに参加を促します。
- 夜間の睡眠環境整備
- 夜間は部屋の照明を落とし、物音を極力立てないように配慮します。睡眠を妨げるようなケアはできるだけ日中に行います。
身体的苦痛の緩和
- 痛みのコントロール
- 痛みがせん妄の引き金や悪化要因になることがあります。表情や行動から痛みのサインを読み取り、適切にアセスメントし、鎮痛薬の使用などを医師に相談します。
- 便秘や排尿障害のケア
- 不快感からくる不穏を防ぐため、排便コントロールや適切な排尿ケアを行います。