
末期腎不全(ESRD)は、腎臓の機能が不可逆的に低下し、生命維持のために腎代替療法(透析療法や腎移植)が必要となる状態です。この記事では、末期腎不全の病態生理から看護のポイントまでを解説します。
末期腎不全とは
腎臓は、血液をろ過し、老廃物を尿として排泄する重要な臓器である。末期腎不全では、このろ過機能が著しく障害され、以下のような異常を呈してくる。
ネフロンの広範な破壊と線維化
慢性的な炎症や高血圧、糖尿病などにより、腎臓の機能単位であるネフロンが破壊され、線維化(瘢痕化)が進み、残存する機能的なネフロンが減少する。
老廃物の蓄積(尿毒症)
腎機能の低下により、本来尿中に排泄されるべき尿素、クレアチニン、尿酸などの老廃物が体内に蓄積する。これを「尿毒症」と呼び、全身の臓器に様々な症状を引き起こす。
水分・電解質バランスの異常
水分やナトリウム、カリウム、リンなどの電解質の排泄・再吸収が障害され、浮腫、高カリウム血症、高リン血症などを引き起こす。
酸塩基平衡の異常
腎臓は水素イオンの排泄や重炭酸イオンの再吸収を通じて酸塩基平衡を維持しているが、末期腎不全では代謝性アシドーシスをきたしやすくなる。
エリスロポエチン産生の低下
腎臓で産生されるエリスロポエチンは赤血球の産生を促進するホルモンだが、その産生が低下するため、腎性貧血を引き起こす。
活性型ビタミンD産生の低下
腎臓はビタミンDを活性型に変換する役割があるが、その機能が低下するため、カルシウム吸収が低下し、骨代謝異常をきたす。
レニン-アンギオテンシン系の破綻
腎臓は血圧調節に関わるレニンを産生するが、このシステムの異常により高血圧が悪化することがある。
末期腎不全の診断方法
末期腎不全の大多数は慢性腎臓病(CKD)からの移行であり、腎機能が不可逆的に著しく低下した状態である。また、体液の恒常性が維持できなくなるため、多様な尿毒症症状を呈している。




治療・対症療法
末期腎不全の治療は、失われた腎機能を代替する「腎代替療法」と、症状を緩和し合併症を管理する「対症療法」が中心となる。
腎代替療法
- 血液透析 (Hemodialysis: HD)
体外に血液を取り出し、ダイアライザーと呼ばれる人工腎臓を通して老廃物や余分な水分を除去し、きれいになった血液を体に戻す治療法。通常、週2~3回、1回4~5時間程度、透析施設で実施される。シャントを造設して、血液のアクセスルートを確保する。 - 腹膜透析 (Peritoneal Dialysis: PD)
患者自身の腹膜を半透膜として利用し、腹腔内に透析液を注入・貯留・排液することで、老廃物や水分を除去する。自宅で患者自身が行うことができ、生活の自由度が高いのが特徴である。透析液の交換は、手動で行うCAPD(連続携行式腹膜透析)や、機械を使って行うAPD(自動腹膜透析)がある。 - 腎移植
機能しなくなった腎臓の代わりに、健康な腎臓を移植する治療法。レシピエントとドナーの適合が必要となり、免疫抑制剤を服用し続ける必要があるが、最も正常に近い腎機能を取り戻せる治療法である。
対症療法・合併症管理
食事療法
末期腎不全における食事療法は、腎臓の負担を軽減し、老廃物の蓄積を抑え、合併症を予防・管理するために非常に重要となる。個々の患者の病状、腎機能、透析の有無、合併症の状況に応じて、管理栄養士と連携して個別化された指導が行われる。
- エネルギー(カロリー)摂取
- 低栄養は予後を悪化させる要因となるため、十分なエネルギーを確保し、低栄養状態を防ぐことが重要となる。
- 主に炭水化物(ごはん、パン、麺類、芋類など)や脂質(植物油、魚の脂など)からエネルギーを摂取するが、透析患者の場合、透析によって一部の栄養素が失われるため、非透析患者と比べて多めに設定されることがある。
- タンパク質制限(非透析期)/適切なタンパク質摂取(透析期)
- 非透析期(保存期腎不全)
腎臓の負担を軽減し、老廃物(尿素窒素など)の産生を抑えるため、厳密なタンパク質制限を行うが、低栄養にならないよう、良質なタンパク質(肉、魚、卵、牛乳など)を適切な量で摂取することが重要となる。 - 透析期
透析によって老廃物は除去されるが、同時に一部のタンパク質やアミノ酸も失われる。そのため、筋肉量維持や感染症予防のため、十分な量のタンパク質を摂取することが推奨される。
- 非透析期(保存期腎不全)
- 塩分(ナトリウム)制限
- 厳格な制限が求められる(一般的に1日6g未満、重症例では3g未満)。
- 塩分の過剰摂取は、体内の水分貯留を招き、浮腫、高血圧の悪化、心不全のリスクを高める。特に加工食品、インスタント食品、練り物、漬物、汁物、パンなどに多く含まれるため注意が必要となる。
だしを効かせたり、香辛料やハーブ、レモンなどを利用して薄味でも美味しく食べられる工夫が推奨される。
- カリウム制限
- 腎機能が低下すると、カリウムの排泄能力が低下し、高カリウム血症をきたしやすくなります。高カリウム血症は、不整脈や心停止など、生命に危険を及ぼす可能性があります。
- カリウムは野菜、果物、芋類、豆類、海藻類、乳製品、肉、魚などに幅広く含まれています。
- 野菜: ゆでこぼし(アク抜き)を行うことで、カリウムを減らすことができます。細かく切って水にさらす、電子レンジで加熱するなども有効です。
- 果物: カリウムが比較的多いため、摂取量に注意が必要です。缶詰の果物はシロップにカリウムが溶け出しているため、シロップは飲まないようにします。
- その他: カリウム含有量の多い食品(生野菜ジュース、ドライフルーツ、芋けんぴ、こんにゃく麺など)は避けるか、摂取量を制限します。
- リン制限
- 腎機能が低下すると、リンの排泄が低下し、高リン血症をきたしやすくなる。高リン血症は、腎性骨異栄養症(骨が脆くなる)、異所性石灰化を進行させ、心血管イベントのリスクを高める。
- リンは肉、魚、卵、乳製品、豆類、ナッツ類、加工食品(リン酸塩として添加)などに多く含まれており、特に加工食品に多く含まれる「無機リン」は吸収率が高いため、注意が必要となる。
- リン吸着薬の内服と合わせて、食事からのリン摂取量をコントロールしていく。
- 水分制限
- 尿量が減少または無尿になった場合、体内の水分貯留を防ぐため、厳密な水分制限が行われる。
- 1日の水分摂取量は、前日の尿量+500mL(不感蒸泄量)程度が目安となるが、個々の状況によって主治医により調整されている。
- 飲水だけでなく、食事中の水分(汁物、ゼリー、果物など)、点滴、内服薬の水分量も考慮しなければならないため、喉の渇き対策として、氷をなめる、うがいをする、シュガーレスの飴をなめる、口の中を保湿するなど工夫を行っていく。
- 水分過剰は、浮腫、高血圧、心不全、肺水腫などを引き起こす。
薬物療法
末期腎不全では、腎機能低下に伴う様々な症状や合併症に対して、多岐にわたる薬物療法が行われる。
- 降圧薬
- 腎保護や心血管イベント予防のため、厳格な血圧コントロールが非常に重要となる。
- ACE阻害薬やARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)は腎保護作用が期待されるが、腎機能の低下具合によってはカリウム値を上昇させたり、腎機能悪化のリスクがあるため、慎重に使用される。
- カルシウム拮抗薬、利尿薬、β遮断薬なども状況に応じて使用される。
- 利尿薬
- 残存する腎機能がある場合、体内の余分な水分を排泄し、浮腫や心不全を改善するために使用される。
- ループ利尿薬(フロセミドなど)がよく用いられるが、尿量が著しく減少した透析期の患者さんには、効果が限定的になる。
- リン吸着薬
- 食事から摂取されたリンの吸収を抑えるために、食直前または食事中に服用する。
- カルシウム製剤(炭酸カルシウムなど)、非カルシウム製剤(セベラマー塩酸塩、ランタン炭酸塩、クエン酸第二鉄など)があるが、カルシウム製剤は高カルシウム血症のリスクがあるため、血清カルシウム値に応じて選択される。
- 活性型ビタミンD製剤
- 腎性骨異栄養症の治療として、腸管からのカルシウム吸収を促進し、血清カルシウム濃度を維持するために使用される。
- 副甲状腺機能亢進症(二次性副甲状腺機能亢進症)の改善効果も期待されます。
- 経口薬(アルファカルシドール、カルシトリオールなど)や注射薬(パレカルシトールなど)があるが、高カルシウム血症や高リン血症の副作用に注意が必要。
- エリスロポエチン製剤
- 腎性貧血の治療薬で、腎臓で産生されるエリスロポエチンの不足を補い、赤血球の産生を促進する。
- 皮下注射または静脈内注射で投与され、貧血の程度、ヘモグロビン目標値、副作用などを考慮して投与量や頻度が調整される。鉄剤の補充も同時に行われることが多く、適切な鉄貯蔵状態を維持することが重要となる。
- 鉄剤
- エリスロポエチン製剤の効果を最大限に引き出すため、また鉄欠乏性貧血を改善するために、経口または静脈内投与される。
- エリスロポエチン製剤の効果を最大限に引き出すため、また鉄欠乏性貧血を改善するために、経口または静脈内投与される。
- 高カリウム血症治療薬
- 血清カリウム値が高い場合、緊急性を要する場合にはブドウ糖インスリン療法や重炭酸ナトリウム投与、カルシウム製剤投与(心臓保護目的)などが行われる。
- 慢性的な高カリウム血症に対しては、カリウム吸着レジン(ポリスチレンスルホン酸カルシウムなど)が使用されることがあり、これは消化管内でカリウムを吸着し、便として排泄させる作用がある。
- 酸性血症治療薬
- 代謝性アシドーシスに対して、重炭酸ナトリウム製剤が投与されることがある。
- 代謝性アシドーシスに対して、重炭酸ナトリウム製剤が投与されることがある。
- 痒み止め
- 尿毒症性掻痒症に対して、抗ヒスタミン薬やオピオイド受容体拮抗薬(ナルフラフィン塩酸塩)などが使用されることがある。皮膚の乾燥対策として保湿剤も使用される。
- 尿毒症性掻痒症に対して、抗ヒスタミン薬やオピオイド受容体拮抗薬(ナルフラフィン塩酸塩)などが使用されることがある。皮膚の乾燥対策として保湿剤も使用される。
- 消化器症状改善薬
- 食欲不振、悪心、嘔吐などに対して、制吐剤や消化管運動改善薬などが使用されることがある。
看護のポイント
全身状態の観察
- バイタルサイン
血圧、脈拍、体温、呼吸数、SpO2を定期的に測定し、異常の早期発見に努める。特に、高血圧や不整脈の有無、呼吸困難感の有無は重要となる。 - 体重
浮腫や水分貯留の指標となるため、毎日同じ条件で測定し、変動を記録する。透析患者の場合、透析前後の体重測定は適切除水量の指標となる。 - 浮腫の有無と程度
顔面、眼瞼、下肢(特に脛骨前面)、仙骨部などを観察し、圧痕性浮腫の有無、程度(+〜+++など)を確認する。 - 皮膚の状態
尿毒症性掻痒症による掻破痕、乾燥、色素沈着(褐色化)、チアノーゼの有無などを観察する。発疹や感染の兆候にも注意する。 - 呼吸状態
呼吸回数、リズム、深さ、呼吸困難感の有無、起座呼吸、努力性呼吸、ラ音の有無などを観察し、肺水腫や胸水の可能性を示唆する所見を見逃さないようにする。 - 意識レベル・神経症状
尿毒症性脳症の有無を評価するために、意識レベル(JCS, GCS)、見当識障害、せん妄、不穏、痙攣の有無を観察する。また、手足のしびれ、知覚鈍麻、むずむず脚症候群、こむら返りなど、末梢神経障害の症状の有無も確認する。 - 消化器症状
食欲不振、悪心、嘔吐、腹部膨満感、下痢、便秘、口内炎、口臭(アンモニア臭)、味覚異常の有無と程度をアセスメントする。 - 疼痛
骨痛、関節痛、頭痛など、あらゆる種類の疼痛の有無と程度を評価し、痛みの原因に応じた対処を検討する。
食事・水分管理の支援
患者が食事療法や水分制限の必要性を理解し、実践できるよう、具体的に分かりやすい言葉で説明する。患者の食習慣や嗜好を尊重し、無理なく継続できるような献立の工夫や調理法の提案(管理栄養士と連携)を行っていく。食事記録の指導や、摂取量のアセスメントを通じて、適切な食事・水分摂取を支援する。
喉の渇きへの対処法(氷をなめる、うがい、口腔ケア、シュガーレスの飴、レモン水など)を指導し、苦痛の軽減に努める。
薬物療法の支援
処方された薬の種類、量、服用時間、効果、考えられる副作用について、患者や家族に丁寧に説明し、理解を促す。服薬アドヒアランスの向上を目指し、服薬カレンダーの活用、一包化、服薬介助など、個別的な支援を行っていく。副作用の早期発見に努め、異常があれば速やかに医師に報告し、対応を行う。
皮膚の乾燥が掻痒を悪化させるため、保湿剤(ワセリン、尿素クリームなど)を定期的に塗布するよう指導する。必要に応じて、医師と連携し、搔痒止め(内服薬や外用薬)の使用を検討する。
入浴時は熱いお湯を避け、刺激の少ない石鹸を使用する、衣類は綿などの刺激の少ない素材を選び、爪は短く切る、室内の乾燥対策(加湿器の使用)や、適切な室温・湿度の維持に努めるよう指導していく。
自己管理能力の向上支援
- 疾患教育と情報提供
- 腎臓の働き、末期腎不全の病態生理、合併症、各治療法、食事療法、薬物療法など、患者が自身の病気について正しく理解できるよう、分かりやすい言葉や図、パンフレットなどを用いて説明する。
- 患者の理解度に合わせて、繰り返し説明し、疑問や不安を解消します。
- 目標設定と行動計画の立案支援
- 患者自身が達成可能な具体的な目標(例:「今日の水分摂取量は1リットルに抑える」「食前にリン吸着薬を飲む」)を設定できるよう支援する。
- 目標達成のための具体的な行動計画を患者と一緒に立案し、その進捗を評価する。
- セルフモニタリングの指導
- 体重測定、血圧測定、血糖測定(糖尿病合併の場合)、排液の性状観察(腹膜透析の場合)、尿量測定など、自宅でできるセルフモニタリングの方法を指導し、記録の重要性を伝え、異常時には速やかに医療者に連絡するよう指導する。
- 体重測定、血圧測定、血糖測定(糖尿病合併の場合)、排液の性状観察(腹膜透析の場合)、尿量測定など、自宅でできるセルフモニタリングの方法を指導し、記録の重要性を伝え、異常時には速やかに医療者に連絡するよう指導する。
- 問題解決能力の育成
- 日常生活で直面する課題(例: 外食時の食事制限、旅行時の透析手配)に対して、患者が自分で解決策を見つけられるよう、助言や情報提供を行っていく。小さな成功体験を積み重ねることは、自己効力感を高める。
- 日常生活で直面する課題(例: 外食時の食事制限、旅行時の透析手配)に対して、患者が自分で解決策を見つけられるよう、助言や情報提供を行っていく。小さな成功体験を積み重ねることは、自己効力感を高める。
- 家族の巻き込みと支援
- 家族にも疾患や治療について理解してもらい、患者の自己管理をサポートできるよう支援する。
- 家族が抱える負担やストレスにも配慮し、必要に応じて相談に応じる。
社会資源の活用支援
- 医療費助成制度
- 特定疾病療養受療証
人工透析を必要とする慢性腎不全患者は、指定難病の医療費助成の対象外だが、特定疾病療養受療証により、医療機関の窓口での自己負担額が軽減される(月額1万円または2万円)。この制度の利用について説明し、申請手続きの支援を行う。 - 身体障害者手帳
腎臓機能障害で身体障害者手帳の申請が可能。等級に応じて、様々な福祉サービス(税金の減免、公共料金の割引、補装具の支給など)が受けられることを説明し、申請手続きを支援する。 - 高額療養費制度
月々の医療費が高額になった場合に、自己負担限度額を超えた分が払い戻される制度。利用方法について情報提供をする。
- 特定疾病療養受療証
- 介護保険サービス
- 要介護認定を受けた患者には、訪問看護、訪問介護、デイサービスなどの介護保険サービスが利用できることを説明し、ケアマネージャーとの連携を支援する。
- 要介護認定を受けた患者には、訪問看護、訪問介護、デイサービスなどの介護保険サービスが利用できることを説明し、ケアマネージャーとの連携を支援する。
- 職業支援
- 就労を希望する患者に対しては、ハローワークの障害者職業相談窓口や、就労移行支援事業所などの情報を提供する。