
言語障害は、コミュニケーションに関わる様々な側面に影響を及ぼす状態であり、その原因や症状は多岐にわたります。
この記事では、主に脳の機能障害によって生じる言語障害について解説していきます。
言語障害の病態生理
言語機能と脳
言語機能は、脳の特定領域によって制御されていて、主に左半球に位置するブローカ野とウェルニッケ野が重要な役割を担っています。これらの領域が連携し、さらに他の脳領域(聴覚野、視覚野、運動野など)と協調することで、複雑な言語活動を行っています。
ブローカ野: 前頭葉に位置し、言語の産出、「話す」ことや「書く」ことに関与している
ウェルニッケ野: 側頭葉に位置し、言語の理解、「聞く」ことや「読む」ことに関与している


失語症
脳卒中や頭部外傷、脳腫瘍などによって言語関連領域が損傷を受けると、失語症が生じます。失語症は、一度獲得した言語能力が脳の損傷によって障害された状態であり、知的な問題や精神的な問題とは異なります。また、失語症のは、損傷を受けた脳の部位や損傷の程度、範囲によって大きく異なります。
ブローカ失語(運動性失語)
ブローカ野の損傷によって生じます。言語の理解は比較的保たれていることが多いですが、言葉をスムーズに話すことが難しくなります。単語が出てこない、文法的に誤った話し方になる、たどたどしい発話などが特徴です。発話の努力は認められます。
ウェルニッケ失語(感覚性失語)
ウェルニッケ野の損傷によって生じます。流暢に話すことができますが、話している内容に意味がなく、相手の話を理解することも困難になります。言い間違い(錯語)が多く、自分でも間違いに気づきにくいことがあります。
伝導失語
ブローカ野とウェルニッケ野を結ぶ神経線維(弓状束など)の損傷によって生じます。言語の理解は比較的保たれていますが、聞いた言葉を繰り返すことが難しくなります。流暢性は比較的保たれますが、言い間違いが多くなります。
全失語
ブローカ野とウェルニッケ野を含む広範な言語関連領域の損傷によって生じます。言語の理解、発話、復唱、読み書きの全ての能力が重度に障害されます。
構音障害・音声障害
言語障害には、失語症以外にも構音障害や音声障害があります。これらは言語内容の障害ではなく、発話に関わる器官の運動機能や声帯の機能の障害によって生じます。
構音障害
脳の運動野や脳神経(顔面神経、舌下神経など)、あるいは発話に関わる筋肉の障害によって生じます。呂律が回らない、言葉が不明瞭になるなどが特徴です。脳血管障害(脳卒中)や神経変性疾患(パーキンソン病、ALSなど)などが原因となります。
音声障害
声帯や喉頭の障害によって生じます。声枯れ、かすれ声、声が出ないなどが特徴です。声帯ポリープや喉頭がん、神経麻痺などが原因となります。
言語障害の原因
失語症
急性発症
脳出血、脳梗塞、クモ膜下出血
脳外傷
脳炎
低酸素脳症
慢性発症
脳腫瘍
アルツハイマー型認知症
構音障害
急性発症
脳梗塞、脳出血
脳外傷
脳炎
末梢神経麻痺(顔面神経麻痺、反回神経麻痺)
慢性発症
脳腫瘍
パーキンソン病、脊髄小脳変性症
筋萎縮性側索硬化症
重症筋無力症
多発性硬化症
治療法・対症療法
言語障害の原因となっている疾患に対する治療(治療法)と、言語障害そのものに対して、言語機能の改善やコミュニケーションの困難さを軽減するためのアプローチ(対症療法)がある。
治療法
原因疾患の治療
脳卒中や脳腫瘍など、言語障害を引き起こしている原因となる疾患そのものを治療します。手術や薬物療法、リハビリテーションなどが含まれます。原因が取り除かれれば、言語機能の改善が期待できます。
投薬
脳機能の回復を促す薬や、痙攣、うつ病など、言語障害に関連する症状を改善する薬が処方されることがあります。
対症療法
- 言語聴覚療法(SP): 言語聴覚士による専門的なリハビリテーション
- 失語症に対する訓練
聞く、話す、読む、書くといったそれぞれの能力に合わせた訓練を行い、絵カードや単語リストを用いた反復練習、会話練習、文章作成練習など、様々な方法がある。 - 構音障害に対する訓練
発音に関わる筋肉の動きを改善するための訓練で、口の体操や舌のトレーニング、発声練習などが行われる。 - 音声障害に対する訓練
声の質や高さを改善するための訓練で、呼吸法の指導や発声練習などが行われる。 - 嚥下障害に対する訓練
摂食・嚥下機能のリハビリテーションは、言語聴覚士の重要な役割の一つで、安全に食事を摂るための姿勢指導や、嚥下に関わる筋肉のトレーニングなどを行う。嚥下障害は言語障害と合併することが多いため、関連して理解しておく必要がある。 - 高次脳機能障害に伴う言語障害への対応
記憶や注意力の問題が言語理解や表出に影響している場合、それを補うための対応を一緒に考えていく。
- 失語症に対する訓練
- 代替・補完コミュニケーション(AAC): 口頭でのコミュニケーションが難しい場合に、他の手段を用いてコミュニケーションを支援する方法
- 非援助AAC
ジェスチャーや表情、指差しなど、特別な道具を使わない方法。 - 援助AAC
コミュニケーションボード(文字や絵が書かれた盤)やVOCA(音声出力機能付きコミュニケーション機器)、タブレット端末のアプリなど、道具を用いる方法で、患者の状態やニーズに合わせて適切なAACを選択し、その使用方法を支援する。
- 非援助AAC
- 環境調整とコミュニケーションストラテジー
- 静かで落ち着いた環境を整える: 騒がしい場所では、言語の理解や表出がより困難になる。
- ゆっくりと話す: 早口は言語障害のある方にとって理解を妨げることがある。
- 簡単な言葉や短い文章を使う: 複雑な表現は避け、分かりやすい言葉を選ぶ。
- ジェスチャーや視覚的な情報も併用する: 言葉だけでなく、身振り手振りや絵などを用いることで、理解を助けることができる。
- 相手の発言を待つ時間を与える: 焦らせずに、ゆっくりと自分のペースで話せるように配慮する。
- 伝えたいことを確認する: 理解できているか、正しく伝わっているかを適宜確認する。
- 筆談や文字盤の活用: 口頭でのコミュニケーションが難しい場合、文字を使ったコミュニケーションも有効。
- 家族への支援と教育
言語障害を持つ本人だけでなく、家族もコミュニケーションの困難さに直面している。言語障害についての正しい知識や、本人とのコミュニケーション方法について家族を支援することも重要である。