高血圧について徹底解説

高血圧は、日本の成人の約3人に1人が罹患していると言われる身近な疾患ですが、サイレントキラーとも呼ばれ、放置すると心疾患や脳血管疾患など、生命を脅かす合併症を引き起こす可能性があります。この記事では、高血圧の患者さんへの理解を深め、自信を持って看護を実践できるよう、病態生理から看護のポイントまでを分かりやすく解説します。
高血圧とは
高血圧とは、安静時においても血圧が慢性的に正常値よりも高い状態を指します。日本高血圧学会のガイドラインでは、診察室血圧が140/90mmHg以上、または家庭血圧が135/85mmHg以上で高血圧と診断されます。
血圧は、心臓が血液を全身に送り出す際の圧力(心拍出量)と、血管の壁が血液の流れに対して示す抵抗(末梢血管抵抗)によって決まります。
血圧 = 心拍出量 × 末梢血管抵抗
このどちらか一方、あるいは両方が高くなることで血圧は上昇します。
レニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系
血圧調節に重要な役割を果たすのが、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系です。
・血圧低下や腎血流量の減少を感知すると、腎臓からレニンが分泌されます。
・レニンは、肝臓で作られるアンジオテンシノーゲンをアンジオテンシンIに変換します。
・アンジオテンシンIは、主に肺に存在するアンジオテンシン変換酵素(ACE)によって、アンジオテンシンIIに変換されます。
・アンジオテンシンIIは、強力な血管収縮作用を持ち、末梢血管抵抗を上昇させます。また、副腎皮質に作用してアルドステロンの分泌を促進します。
・アルドステロンは、腎臓でのナトリウムと水分の再吸収を促し、循環血液量を増加させます。
このように、RAA系が過剰に活性化すると、血管収縮と体液量増加の両面から血圧が上昇します。
交感神経系
交感神経系も血圧調節に大きく関わっています。ストレスや興奮などにより交感神経が活性化すると、心臓の収縮力と心拍数が増加し(心拍出量の増加)、血管が収縮して(末梢血管抵抗の増加)、血圧が上昇します。
高血圧の原因
本態性高血圧
日本の高血圧患者の約90%以上を占めるのが、特定の原因疾患を特定できない本態性高血圧です。複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
- 遺伝的要因
- 家族に高血圧の人がいる場合、発症リスクが高まります。
- 生活習慣
- 食塩の過剰摂取:ナトリウムは体内に水分を引き込み、循環血液量を増やして血圧を上げます。
- 肥満:インスリン抵抗性を介して交感神経の活性化やRAA系の亢進を招きます。
- 運動不足:肥満や血管の柔軟性の低下につながります。
- 過度の飲酒:交感神経を刺激し、心拍数を増加させます。
- 喫煙:ニコチンが血管を収縮させ、動脈硬化を進行させます。
- ストレス:交感神経を活性化させ、一時的・持続的な血圧上昇を招きます。
- 加齢
- 年齢とともに血管の弾力性が失われ、硬くなる(動脈硬化)ため、血圧が上昇しやすくなります。
二次性高血圧
特定の病気が原因で引き起こされる高血圧で、原因疾患の治療によって改善する可能性があります。
- 腎実質性高血圧
- 慢性糸球体腎炎や腎盂腎炎など、腎臓自体の病気。
- 腎血管性高血圧
- 腎動脈の狭窄により、RAA系が活性化して起こる。
- 原発性アルドステロン症
- 副腎皮質からアルドステロンが過剰に分泌される。
- クッシング症候群
- コルチゾールというホルモンが過剰に分泌される。
- 褐色細胞腫
- 副腎髄質にできた腫瘍からカテコールアミンが過剰に分泌される。
- 睡眠時無呼吸症候群(SAS)
- 睡眠中の無呼吸・低呼吸が交感神経を刺激し、血圧を上昇させる。
- 薬剤誘発性高血圧
- 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や甘草(漢方薬)などが原因となることがある。
高血圧の症状
高血圧は「サイレントキラー(沈黙の殺人者)」と呼ばれるように、自覚症状がほとんどないのが最大の特徴です。血圧がかなり高い場合でも、無症状のことが少なくありません。
ただし、急激に血圧が上昇した場合や、非常に高い血圧が続いた場合には、以下のような症状が現れることがあります。
頭痛、頭重感
めまい、ふらつき
肩こり
動悸、息切れ
耳鳴り
鼻血
これらの症状は他の病気でも見られるため、高血圧に特有のものではありません。症状の有無にかかわらず、定期的な血圧測定が重要です。
治療・対症療法
高血圧治療の目的は、血圧を適切にコントロールし、脳卒中や心筋梗塞、腎不全といった重大な合併症を予防することです。治療は「生活習慣の修正」と「薬物療法」を2本の柱として進められます。
生活習慣の修正
すべての高血圧患者さんに行われる基本的な治療です。
- 減塩:1日の食塩摂取量を6g未満にすることが推奨されています。
- 栄養バランスの改善:野菜や果物を積極的に摂取し、カリウム、カルシウム、マグネシウムを補給する。飽和脂肪酸やコレステロールの摂取を控える。
- 適正体重の維持:BMIを25未満に保つことを目指します。
- 運動療法:ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動を、1日30分以上、できれば毎日行うことが推奨されます。
- 節酒:アルコールの摂取量を、エタノール換算で男性は1日20〜30mL以下、女性は10〜20mL以下に抑えます。
- 禁煙:禁煙は血圧管理だけでなく、動脈硬化の進行を防ぐ上で極めて重要です。
薬物療法(降圧薬)
生活習慣の修正だけでは目標血圧に達しない場合に、薬物療法が開始されます。主に以下の種類の降圧薬が用いられます。
- カルシウム(Ca)拮抗薬
血管平滑筋へのカルシウムイオンの流入を阻害し、血管を拡張させて血圧を下げます。
(例:アムロジピン、ニフェジピン) - アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)
アンジオテンシンIIが受容体に結合するのを阻害し、血管収縮作用を抑えます。
(例:ロサルタン、オルメサルタン) - アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
アンジオテンシンIIの産生を抑制し、血管収縮を抑え、ブラジキニンの分解を抑制することで血管を拡張させます。(例:エナラプリル、イミダプリル) - 利尿薬
腎臓でのナトリウムと水分の再吸収を抑制し、循環血液量を減少させて血圧を下げます。
(例:フロセミド、ヒドロクロロチアジド) - β遮断薬
心臓のβ受容体を遮断し、心拍数と心拍出量を減少させて血圧を下げます。
(例:ビソプロロール、カルベジロール)
これらの薬剤は、患者の年齢や合併症、副作用などを考慮して単独または組み合わせて処方されます。
看護のポイント
正確な血圧測定とアセスメント
- 正しい測定方法の徹底
安静な環境で、数分間の安静後に、適切なサイズのマンシェットを用いて測定します。測定部位(腕)は心臓の高さに保ちます。測定前の喫煙やカフェイン摂取は避けてもらうよう指導します。 - 家庭血圧の重要性を説明
診察室でのみ血圧が高くなる「白衣高血圧」や、診察室では正常なのに家庭で高くなる「仮面高血圧」を発見するためにも、家庭での血圧測定と記録を促します。 - 随伴症状の観察
頭痛、めまい、動悸などの自覚症状の有無や、合併症(心不全の兆候である浮腫や呼吸困難、脳血管障害の兆候である麻痺や呂律困難など)の早期発見に努めます。
生活習慣の修正に向けた支援
- 個別性のある指導
患者一人ひとりのライフスタイルや価値観、理解度に合わせて、具体的な目標設定を支援します。「なぜ減塩が必要なのか」「運動をするとどんないいことがあるのか」を丁寧に説明し、行動変容への動機づけを高めます。 - 具体的な方法の提示
減塩:「醤油は『かける』より『つける』」「漬物や汁物の摂取を控える」「香辛料や酸味を上手に使う」など、実践しやすい工夫を一緒に考えます。
運動:「エレベーターを階段に変える」「一駅手前で降りて歩く」など、日常生活に取り入れやすい運動を提案します。 - 成功体験の共有と称賛
小さな目標でも達成できたら認め、褒めることで、患者の自己効力感を高め、治療の継続につなげます。
服薬管理と副作用のモニタリング
- 服薬の重要性の説明
「症状がないから」「血圧が下がったから」といって自己判断で中断しないよう、継続的な服薬の必要性を根気強く説明します。 - 副作用の早期発見
降圧薬には、めまい・ふらつき(Ca拮抗薬)、空咳(ACE阻害薬)、電解質異常(利尿薬)など、特徴的な副作用があります。これらの初期症状について事前に説明し、出現時にはすぐに相談するよう伝えます。転倒リスクの高い高齢者には特に注意が必要です。